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FRB緊急利下げが開いたパンドラの箱と円高進行

2020/03/06

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1ドル105円台まで円高が進行

足もとでは円高ドル安が進行している。6日には1ドル105円台と、昨年9月4日以来の円高水準となった。昨年の円高のピークとなった104円台まで、かなり接近してきている。

その底流にあるのは、新型肺炎の世界的拡大によるリスク回避目的での円買いの動き、つまりリスクオフの円高である。それに加えて、3月3日の米連邦準備制度理事会(FRB)による0.5%の緊急利下げ(政策金利引下げ)が、円高ドル安傾向に弾みをつけるきっかけとなってしまった。

米国の政策金利(FF金利誘導目標)は現在1.0%~1.25%であるが、今年5月までに0.25%~0.5%と、過去最低に並ぶ水準まで引下げられる可能性が、かなりの確率で金融市場(FF金先市場)に織り込まれている。

さらに米国では長期金利も大幅に低下している。3月3日の緊急利下げ直後には米国10年国債利回りは一時1.0%を下回ったが、足もとではさらに0.8%台にまで低下している。30年債利回りは、初めて1.5%を下回った。

このように、日米の長短金利差が縮小、あるいは先行き金利差が縮小するとの観測が強まれば、円高ドル安に振れるのは当然のように見えるが、それは決して自明のことではない。実際、米国では昨年3回、合計0.75%の政策金利が実施されるなか、日本では政策金利の引下げが見送られて日米間の金利差は縮小したが、円高ドル安の進行は避けられたのである。

米金融緩和効果への期待が低下

米国での利下げを受けた、昨年と現在の為替市場の反応の違いはどこから来るのだろうか?それは、FRBの金融緩和の効果に対する市場の期待値の違いにあるのではないか。

昨年は、FRBの金融緩和によって米国経済は安定を続けることができる、といった楽観論が浮上し、金融市場でリスクオフモードが回避されたことが、ドル円レートの安定持続をもたらした。

しかし、今回の0.5%の緊急利下げによっても、先行きの経済への楽観期待は強まっていないように見える。むしろ、サプライズ戦略の緊急利下げによって、先行きの見通しに不確実性が高まったのではないか。そのため、市場はリスクオフ傾向を強め、これが日米短期金利差の縮小と相まって、円高圧力を強めている。

米国での金融緩和の景気刺激効果への市場の期待が、昨年と比べて小さいのは、新型肺炎の拡大という経済外的要因のショックに対して、金融政策で対応することがそもそも難しい、ということがあるだろう。

それに加えて、金融緩和の効果は、そのスタート時点の政策金利、長期金利の水準に強く依存するということだ。金融緩和を進めていき、長短金利水準が低下していけば、追加的な金融緩和の効果は着実に薄れていく。これは、既に日本で実証済みのことである。

米国10年国債利回りは過去150年見られなかった低水準

既に見たように、米国10年国債利回りは、足もとで0.8%台まで低下している。これは、政策金利が5月までに0.25%~0.5%と過去最低水準まで引下げられた後、それ以降はゼロ近傍の水準を長期にわたって脱することができない、との市場の金利観を反映していよう。

ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー米エール大学教授によると、米国では10年国債利回りは1871年以降、1.0%を下回ったことはないという。現在の水準は、少なくとも過去150年間は経験されたことのない、歴史的な低水準なのである。

米国で強まる「日本化」懸念

他方でこの水準は、日本銀行が2013年4月に量的・質的金融緩和を導入した時の水準とも一致する。10年国債利回りで見ると、米国は7年遅れで日本の後を追っているのである。 このことは、米国も日本や欧州のように、金利がゼロ近傍で長期間推移する、いわゆる「日本化」のグループに仲間入りする、との市場の懸念を反映しているのではないか。それは、米国の金融機関の収益見通しを暗くさせるものだ。

FRBの緊急利下げが、いわばパンドラの箱を開いたかのように、そうした厳しい将来展望を市場に垣間見せたのである。

金融緩和実施に向けた心の準備を進める日本銀行

円高進行を受けて、日本銀行の追加緩和観測も浮上している。国民が強く警戒する結果、日本銀行にとってもクリティカルな為替の水準となっているのは、1ドル100円だろう。現状では、その水準までにはなお距離があることから、日本銀行が現時点で金融緩和の実施を決めた訳ではなく、なお事態を見守っている状況である。できる限り金融緩和手段は温存しておきたい、という日本銀行の基本姿勢に変わりはないだろう。しかし、金融緩和の実施に向けた心の準備は進めているはずだ。

3月18・19日の決定会合に向けては、国際協調の同時利下げの可能性を含む決定会合前の緊急緩和、決定会合での金融緩和、金融緩和の見送り、と幅広い選択肢がなお残されているのが現状だろう。

3月18・19日の決定会合でゼロ回答はない

実際に金融緩和が実施される場合には、政策金利の0.1%ポイントの引き下げが有力だ。他方で、金融緩和が見送られる場合でも、市場の期待に対してゼロ回答はないだろう。

インバウンド需要の落ち込みを通じて新型肺炎の打撃を大きく受けている観光業、宿泊業、小売業、あるいは自粛の影響をイベント関係などの業種については、銀行が同産業向けの貸出を増加させた際に、その分は日本銀行から低利で借り入れできるようにする、貸出支援オペの拡充策が考えられる。

あるいは、熊本地震の際にも実施されたが、そうした業種向けの貸出増加分を、マイナス金利が適用される超過準備の政策金利残高から控除する、といった制度の適用も考えられる。これらは、政府による産業支援策を補完するものであり、そうした施策を通じて、政府との協調を演出することを狙うものだ。

追加緩和策としてETFの買入れ額目標の引き上げを見込む向きもあるが、これは本格的な金融緩和策としては力不足であり、やや中途半端な政策となってしまうだろう。そのため、その可能性は比較的限られるのではないか。仮に実施される場合は、それは政策金利の引き下げと合わせ技で実施される可能性を見ておきたい。

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