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日本銀行は先行きの長い闘いに備えて利下げを温存か

2020/03/13

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「サプライズ戦略」はもうとらない

2016年1月のマイナス金利政策導入時に「サプライズ戦略」と強く批判された日本銀行は、もはや市場を驚かせることを狙う「サプライズ戦略」をとらない可能性が高い。そのため、仮に大きな政策変更を決める際には、それを、メディア報道などを通じて事前に市場に織り込ませる戦略をとると考えられる。

決定会合の直前は、情報を漏らさないためにメディアなどとの接点を持たない、いわゆるブラックアウト期間となる。そのため、日本銀行がその意図をメディアに示唆するのは、もう少し前のタイミングとなる。今回であれば、それは今週だ。

他方、通常では市場の混乱を避けるため、大きな政策変更を行う前にその可能性を市場にやんわりと伝えるのであるが、今回は、3月3日のFRBの緊急利下げやそれ以降の円高進行など市場の動揺を受けて、日本銀行が3月19日に0.1%の政策金利の引下げを実施するとの観測が、既に市場にかなり織り込まれてしまっている。

もし、日本銀行が今回は政策金利の引下げを見送るつもりであるならば、市場の混乱を避けるため、それを実施しないという意図を、市場に事前にやんわりと伝える必要がある。

ETF買入れ措置の柔軟な運用

こうした観点から各種メディア報道を見ると、3月12日の日本経済新聞の「日銀ETF購入機動的に」と題した記事は、日本銀行が政策意図を伝えたものであった可能性が考えられる。この記事は、決定会合では、ETFの買入れ目標額(年間6兆円程度)を超えても買入れを続ける姿勢を打ち出す、と報じている。目標額を変えない限り、それは金融緩和策とはならない。

日本銀行は2018年7月に、ETFの買入れ目標について、「上下に変動しうる」と柔軟な運用を行う姿勢を示した。今回は、対外公表文の中で、運用の柔軟度合を一段と高める文言を加える可能性が考えられる。

同記事では、政府との協調を演出する観点からも、新型コロナウイルス問題で打撃を受けた中小企業に対する、銀行の貸出支援策が検討されるとしている。そうした施策が実際に決定されるのは、ほぼ確定的だろう。

さらに同記事では、政策金利の引下げも選択肢になり得るとしつつも、日本銀行はそれに慎重であることを報じている。

現状では政策金利引下げを温存する考えか

この日本経済新聞の記事とほぼ同じ内容を、同日のブルームバーグも報じている。そこでも、年6兆円という目標を大きく超えるペースでのETFの買入れを検討しているとしている。他方で、日本銀行は、目標値の引き上げには慎重としている。また、低利の資金供給を活用した企業支援を検討するとしている。これらは、日本経済新聞の記事とほぼ同じ主旨だ。他方、政策金利の引下げについては、日本銀行は慎重、とより強いトーンで報じている。

同様の内容の報道は他にもみられる。これらは、日本銀行が市場の政策金利の引下げ観測を弱めることを狙う意図をメディアにやんわりと伝えたことを受けたものである可能性が考えられる。

そうであれば、今回の決定会合で決められるのは、銀行の企業向け貸出支援促進策と、目標を据え置いたままETFの買入れ増額容認の姿勢を明らかにすることの2点だろう。これらは、本格的な金融緩和策とは言えない。政策金利の引下げは、この先の長い闘いに備えて、今回は温存されるのである。これが、現時点で考えれば最も可能性の高いシナリオなのではないか。

しかし、最大の不確定要因は金融市場の動向だ。来週の決定会合までに1ドル100円にさらに接近あるいはそれを超える水準まで円高が進行する、あるいは株価の暴落状態が続くなど、金融市場が大きく動揺する場合には、緊急利下げの可能性も含め、政策金利の引下げが実施される可能性が一転して高まるだろう。

12日の米国市場では、ダウ平均株価が約10%の下落と1987年のブラックマンデー以来の下落幅となった。日本銀行にとっては、為替レートが比較的安定しているのは救いではあるものの、金融市場が大きく混乱している間は、金融緩和を実施する準備は怠れない状況だ。

株価下落は日本銀行の大きな懸念に

日本銀行の金融政策は、為替動向に大きく影響を受ける。ただし足もとでは、日本銀行は株価動向にも注意を払わなければならなくなっているのではないか。それは、株価が下落し日本銀行が保有するETFの時価が下落すると、その結果、引当金を積むことが必要となり、それが日本銀行の経常収支を悪化させるためだ。

現時点での日本銀行のEFT保有額は約29兆円である。日経平均株価1万9,500円程度が、ETFの含み益が消滅し含み損が発生する損益分岐点である。時価が簿価を下回る分については、引き当て金を積む必要が生じる。2018年度の日本銀行の経常利益はちょうど2兆円だった。日経平均株価1万9,500円の損益分岐点からさらに6.9%以上下落すると、引き当て金が2兆円を超え、経常赤字が発生することになる。単純計算では、日経平均株価1万8,300円程度がその分岐点となる。13日の株価水準は、既にこの水準を大きく割り込んでいる。

経常赤字となれば、政府の歳入の一部である国庫納付金が支払われなくなる。それは、間接的に国民負担になることから、日本銀行は国会で、そして国民から失策を強く批判されることは必至となる。さらにこれが、日本銀行の独立性を制約するような形での日本銀行法の改正議論につながる可能性もあるだろう。

こうした点から、日本銀行にとって、株価の下落が大きな懸念となってきたのである。効果については疑問ではあるが、既に見たように、日本銀行がETFの買入れ増加を検討する背景には、こうした点もあるだろう。

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