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金融危機が現実味を帯びる中での中央銀行の役割と責任

2020/03/23

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国債も換金売りされる異常事態に

金融市場でリスク回避の動きが強まると、投資家は資金を安全資産へと退避させるのが普通だ。その際に、資金の逃避先となるのは、通常の金融資産と比べて信用力が高い各国の「国債」、そして「円」資産、さらには希少性と実用性によって価値が裏打ちされた「金」が代表的だ。

しかし、こうした常識が今は当てはまらなくなっている。それほどまでに、事態は悪化してきているのである。

米連邦準備制度理事会(FRB)が3月3日に緊急利下げを実施すると、米国10年国債利回りは、1.0%を下回った。これは、少なくとも過去150年間には見られなかった低水準だ。さらに利回りは一時0.3%程度にまで下落し、0%に近づいたのである。

ところが、米国10年国債利回りは19日には1.1%台まで上昇した。この間に、経済・物価情勢の見通しが改善した、といったことは全くない。むしろ、それらは悪化を続けているのである。

利回り上昇の背景にあるのは、国債がいわゆる「換金売り」されていることである。銀行であれば、手持ちの国債を売って、中銀当座預金に換える、その他の金融機関や個人であれば、国債を売って銀行預金あるいは現金に換えている。国債よりも信用力が高く、さらに何かあった時に直ぐに使うことができる流動性が最も高いのは、中央銀行が発行するマネーである、現金と中銀当座預金しかない。

中央銀行のマネーが最後の望みの綱となっている、そうした事態にまで投資家らは追い詰められているのである。

日本で強まるドル確保

日本でも、3月19日には長期国債の利回りの上昇が目立った。銀行などが国債を売って代わりに手にしているのは、ドルである。米国以外では、ドルを確保する動きがにわかに強まっているのだ。その際、安全性が極めて高いはずの日本国債さえ売られているのである。

また、長期国債の利回り上昇には、政府が検討している巨額の財政出動によって国債の需給が悪化する、国債の信用力が低下する、との観測も関係している可能性がある。いわゆる悪い利回りの上昇だ。財政拡張策は、こうした市場の警鐘に真摯に耳を傾けながら、慎重に検討する必要がある。ひとたび、日本国債がその信用力を落としてしまえば、急激な利回り上昇や円安進行が生じるなど、まさに取り返しのつかない事態ともなりかねない。

邦銀は、ドル建ての証券を大量に保有し、また、ドル建てでの貸出を行なっている。それに必要なドルはほとんど外部から調達しているが、その返済に行き詰まれば、デフォルト(返済不能)を起こしてしまう。特に中堅の邦銀は、スワップ市場で短期のドルを調達する比率が、世界で最も高いと言われている(国際通貨基金(IMF)による)。そのため、ドルの調達に行き詰まってしまうリスクは概して高いのである。

ドルの確保は日本の生命線

また、日本ではドル建てで契約・決済される貿易の比率が高い。輸入については約7割がドル建てである。その結果、輸入業者は銀行を通じてドルを調達できないと、原材料などの輸入が滞り、国内での生産活動に大きな支障が生じてしまう。これこそが、リーマン・ショック(グローバル金融危機)の際に、震源地ではない日本の経済活動の落ち込みが、主要国の中で最も大きくなった理由である。ドルの確保は、まさに日本にとっては生命線なのだ。

日本以外の国々でもドルを確保する動きが強まっている。それは、ドルが世界で最も利用価値の高い、いわゆるグローバル通貨であるためだ。多くの取引、決済がドル建てで行なわれているため、ドルを持っていないと、まさに経済活動は成り立たなくなる。従って、通常はリスク回避のための資金退避先となる円は、現在のようにより事態が悪化すると買われないのである。

また、通常は安全資産とされる金も、足もとではその価格(ドル建て)は下落しており、資金逃避先の役割を果たしていない。その背景には、ドル需要が高まって、ドルが上昇していることもあるだろう。

ノンバンクに大きなリスクがシフト

このように、世界のマネーはドル、そして中央銀行が発行する現金、中銀当座預金へと逃げている。その過程で、株式や社債などが売却され、証券市場を混乱させている。証券市場の混乱が長引けば、企業が株式や社債の発行を通じて資金を調達することが難しくなってしまう。さらに、株式や社債などの価格が大幅に下落し、それを保有する銀行の経営が揺らげば、貸出が絞られ、銀行借入を通じた企業あるいは家計の資金調達が難しくなるというリスクもある。

ところで、欧米を中心に銀行危機が生じたリーマン・ショック時の経験から、その後、国際的な銀行規制強化、いわゆるバーゼルⅢが実施され、銀行のリスク性資産の保有、バランスシートの拡大には歯止めが掛けられ、また、自己資本の充実がなされていった。その結果、今後、同様の銀行危機が生じるリスクは比較的小さいのではないか。

金融機関の破綻リスクは、銀行から銀行以外の金融機関、つまりノンバンクへと移っているように見える。銀行に対する規制強化を進めれば進めるほど、リスクは銀行からノンバンクへとシフトする、いわゆる規制アービトラージ(裁定)が生じるのである。MMF、ヘッジファンド、生命保険会社などといったノンバンクが、今やよりリスクの高い証券を保有し、企業の資金調達を助ける構図となっている。

ノンバンクによるマーケット・メイクの脆弱さも浮き彫りに

こうしたノンバンクは、証券の価格が下落するなか、さらなる証券の買入れが難しくなっている、あるいは証券の売却を迫られているのが現状だろう。それが証券市場の混乱をさらに増幅し、企業の資金調達をより難しくさせるだろう。

また、債券、為替市場を中心に、規制強化で機能が低下した銀行に代わって、こうしたノンバンクが、市場に売買の指値を提示し流動性を供給する、マーケット・メイク機能を担う傾向が強まった。

しかし彼らは、市場が混乱する中では、かつての銀行のようにマーケット・メイク機能をしっかりと維持することができないだろう。その結果、市場の混乱時には、市場の流動性は大きく低下し、企業あるいは家計の資金調達は困難度を増し、また経済は大きく動揺しやすくなっている。

これが、リーマン・ショック時とは異なる、今回陥る可能性がある金融危機の顔(様相)なのではないか。

中央銀行が証券市場のリスクを引き受ける

銀行規制の影響もあり、証券市場の機能が大きく低下する中、その機能を支える役割が期待されるのが中央銀行だ。

各中央銀行は、金融危機回避のために、大量の資金供給を実施している。米連邦準備制度理事会(FRB)は、3月15日に7,000億ドルの資産買入れを決めた。また欧州中央銀行(ECB)は、3月19日に7,500億ユーロの資産購入プログラムの導入を、臨時の理事会で決めている。日本銀行も国債現先オペ、長期国債の臨時買入れ、固定金利オペによる資金供給など、連日、大量の資金を金融機関に供給している。こうした各中央銀行が足並みを揃えた大量の資金供給は、金融危機回避のために必要な、いわゆる定石通りの対応である。

しかし、リスクが銀行というよりもノンバンクにあり、行き過ぎた証券の価格や市場機能の低下という形で、リスクが証券市場にある現局面では、銀行を主に対象とする大量の資金供給だけでは十分ではない。

中央銀行は、証券市場から証券を買入れることを通じて、市場からリスクを吸収し、リスクを引き受けることで市場の機能を維持することを図る危機対応を進めることになる。

また、中央銀行が証券市場からリスク資産を買入れ、必要に応じてノンバンクを救済するといった措置が必要になるだろう。

中央銀行は各国ごとの弱点(ウィークポイント)に対応

ただし、各国で、金融市場の弱点(ウィークポイント)はそれぞれ異なっている。中央銀行が危機対応を進める際には、各国で異なる弱点をそれぞれ見つけながら、異なる対応をおこなっていくことが求められる。

FRBは、3月17日に、米企業が短期資金の調達のために発行するCP(コマーシャルペーパー)を買い入れる、緊急措置を発動すると発表した。この措置は、リーマン・ショック直後の2008年10月に導入され、2010年10月には廃止されていた。CP市場の混乱を受けて、9年半ぶりの復活となったのだ。

足もとでは、CP市場にかなりの動揺が見られていた。1兆ドル規模の米国CP市場では、短期金融商品で運用する投資信託であるMMF(マネー・マーケット・ファンド)が主な買い手であるが、そのMMFが現金確保のために手持ちのCPの売却を進め、それがCPの金利を大きく押し上げていたのである。

さらに18日には、このMMFに資金を供給すると発表した。投資家が現金保有の傾向を強める中、MMFの解約が殺到しているためだ。MMFには、CPなどを担保にFRBが資金を供給する。MMFを通じた資金供給の仕組みは2008年のリーマン・ショック後にも設けられたことがあり、CPの買取スキーム再開と共に、FRBは、リーマン・ショック時の危機対応を順次復活させているのである。

今回最大のリスクは社債市場か

米国市場で最もリスクが蓄積されているのは、社債市場だろう。今後は、CPの買入れと同様のスキームで、FRBは社債の買入れを始める可能性があるのではないか。その際、買入れ対象は当初は投資適格債だろうが、いずれ投機的格付けの社債も対象となってくる可能性が考えられる。さらに、CLO(ローン担保証券)等の証券化商品が買入れの対象となる可能性もあるのではないか。

ECBは7,500億ユーロの臨時の資産購入プログラムの導入を決めたが、買入れ対象には、信用の質が十分と認定される金融機関以外のCP(コマーシャル・ペーパー)も新たに含まれる。また、ECBは社債の買入れも増やしていくとみられる。欧州市場の最大の弱点は、米国と同様にCPと社債だろう。

日本で最大の弱点はドル調達

日本銀行についても、3月16日に臨時会合で決めた追加緩和措置の中で、CP・社債等の追加買入枠を合計2兆円設け、CP等は約3.2兆円、社債等は約4.2兆円の残高を上限に買入れを実施すること(増額買入れは、2020 年9月末まで)、ETFおよびJ-REITを当面、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円(従来の2倍)に相当する残高増加ペースを上限に、積極的な買入れを行うことが含まれた。

この中で最も重要な施策は、ETF、つまり株式の買入れ拡大である。中央銀行が株式を買入れることで、動揺する株式市場からリスクを請け負っているのだ。

そして、日本の金融機関の経営安定にとって最も重要なのは、既に見たように、ドルを安定的に確保することだ。3月16日には、日本銀行、FRB、ECBを含む主要中央銀行は、米ドル・スワップ取り極めの拡充策を決め、各国での民間銀行によるドル資金調達を強く支援する姿勢を打ち出した。

そのもとで日本銀行は、ドル資金供給オペを強化している。貸付金利を 0.25%引き下げるとともに、1週間物に加え、新たに3か月物を週次で実施するようにしたのである。

また、3月19日には、FRBのドル供給のスワップ協定の対象に、新たにオーストラリア、ブラジルなど9中央銀行が加えられた。さらに3月20日には、各中央銀行は、1週間物の米ドル資金供給の頻度を週次から日次に引き上げることに合意した。少なくとも4月末まで継続するという。

邦銀がドル調達に問題が生じた場合、日本銀行が手持ちのドルを無担保で長期間貸し出すなどの措置を講じる可能性も、将来的にはあるのではないか。

ところで、世界の金融市場で危機状態がいずれ緩和され、ドル逼迫傾向が一巡した局面では、今度は急速な円高・ドル安の流れが生じる可能性があることに、日本は注意をしておく必要があるだろう。

中央銀行の過剰な金融緩和の弊害

このように、資金の流れを支える証券市場や金融機関の機能が大幅に低下し、自らの力だけでは危機状態を脱することができない状況では、中央銀行が最も信用力の高い中銀当座預金の残高を増やす形で大量の資金供給を行ない、また、リスク資産を買い入れる形で、市場機能を維持する危機対応を進めることが求められる。その際、各国によって市場の弱点はそれぞれ異なることから、各中央銀行は自国市場の弱点を探し出して、随時、ピンポイントで対応を進めることが重要だろう。

ただし、世界が金融危機のリスクに現在直面しているのは、新型コロナウイルスによる経済の悪化懸念によるものだけとは言えないのではないか。それはきっかけではあるが、そもそもそれ以前から、企業や金融機関が過剰な債務を抱え、また、リスク性資産が買い進められて、価格が異常に高くなっていた、いわゆる金融市場の不均衡、バブルが形成されていたことが、危機の底流にあるだろう。

そして、超低金利状態を長期化させることで、そうしたバブルの形成を許してしまったのは、中央銀行の政策運営である。リーマン・ショック後に採用された非伝統的な手法も含めた積極緩和策を、もっと早い時期に正常化していれば、金融危機のリスクがこれほどまでに高まることはなかったのではないか。

この点で、現在の事態を招いた中央銀行の責任は重いのではないか。当面は、各中央銀行は危機対応をしっかりと進めることが重要な責任となるが、危機状態を脱した後には、過去に実施してきた緩和策の問題点を十分に検証することが強く求められる。

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