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企業支援に手厚い米国経済対策の弱点は何か

2020/03/31

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新型コロナウイルス対策の被害者である企業の救済

3月27日に米議会では、2.14兆ドルの大型経済対策が可決された。2008年のリーマン・ショック後に実施された、不良資産救済プログラム(TARP)などの経済対策パッケージと比較した場合、今回の経済対策の大きな特徴となるのは、(非金融)企業の救済色が非常に強いことだ。リーマン・ショック後は、銀行救済が中心だった。

リーマン・ブラザーズが破綻したのは2008年9月15日、TARPが成立したのは、それから1か月後の同年10月14日だった。この間、1か月もの時間を費やしたのは、経済危機を引き起こした最大の責任者である金融機関を国民のお金を使って救済することに反対する意見が、議会内で強かったためだ。利益を上げるために過剰な融資や投資を実施し、その失敗によって自らが破綻の危機に直面した銀行などの金融機関を救済することに、議会には強い抵抗があったのである。

ところが今回は、新型コロナウイルスの感染抑制のために政府が決めた出入国規制措置や、外出自粛要請などによって、いわば何の落ち度もない企業の経営やその労働者の雇用が脅かされているのが現状だ。そうした企業と個人を救済するという点において、民主、共和両党ともに異論がなかったということが、より迅速な経済対策の可決につながったと言える。

企業に対して非常に手厚い支援

総額2.14兆ドルの大型経済対策のうち、2,500億ドルは失業保険給付の支援、3,010億ドルは個人への現金給付に使われる。さらに注目されるのは、3,490億ドルが、中小企業(従業員500人未満)向けの融資に使われることだ。この融資は、企業が雇用や賃金を維持する際には返済しなくてよいという条件の融資(forgivable loans)である。事実上の中小企業への給付金であり、日本の雇用調整助成金制度に似ている。

そして、4,250億ドルが、最大4兆ドル規模の米連邦準備制度理事会(FRB)による企業支援スキームに対する政府保証に用いられる。この4兆ドルは、(非金融)企業の債務総額の約4分の1にも相当する規模だ。

このスキームのもとでは、FRBが投資目的事業体に融資をし、それがCP、社債、地方債の購入、MMF融資を実施する。さらに、企業向けの融資も行われるのである。

2008年のリーマン・ショックの際にも、FRBはCPの買入れを行ったが、社債、地方債の購入は実施しなかった。企業に直接融資を行うのも、今回が初めてのことである。

CP、社債の買入れは、欧州中央銀行(ECB)や日本銀行も実施している。さらに、日本銀行はETF(株式)も買入れ対象としている。しかし、融資の対象は金融機関に限られる。中央銀行は本来、銀行の銀行なのである。

この点から、FRBが、特別目的事業体を経由してではあるが、企業に直接融資を行うことはかなり異例のことだ。それほどまでに、企業支援に手厚い経済対策なのである。

最大4兆ドルの企業支援スキームの中で、政府は最大4,250億ドルの出資を投資目的事業体に実施する。これは、仮にFRBの4兆ドルの融資の一部に焦げ付きが生じても、10%強までであればFRBに損失が生じないことを意味している。

リスクは低格付け社債、証券化商品、銀行以外の金融機関

このように、企業支援策としてはかなり手厚いスキームが今回成立したが、今後は金融市場、そして金融機関の経営が新たな問題として浮上するのではないか。

FRBがこのスキームの下で買入れ対象としているCP、社債は、高格付けに限定されている。しかし、既に大幅な価格下落が生じるなど、より深刻な問題を抱えているのは、ハイイールド債など、より信用力・格付けの低い社債や証券化商品である。そうしたリスクの高い市場の機能を維持するために、FRBは今後、買入れ対象をより信用力・格付けの低い社債、あるいはCLO(資産担保証券)などの証券化商品へと拡大していくことを強いられるのではないか。

さらに、そうしたリスクの高い証券を多く保有するヘッジファンド、ミューチュアルファンド、保険会社、資産運用会社などに、今後は経営不安が生じていく可能性があるだろう。

リーマン・ショックの際には危機の中心は銀行であったが、今回の危機の中心は銀行でない金融機関、いわゆるノンバンク、あるいはシャドーバンクと考えられる(当コラム「金融危機はいつも違った顔で現れる」、2020年3月27日)。FRBは、そうしたノンバンクの救済を今後強いられるのではないか。

リーマン・ショック時の亡霊に妨げられるFRBの金融危機回避策

そうした場合には、今回の企業支援スキームをさらに拡充し、政府保証分を増額する必要が生じるかもしれない。しかし、救済の対象が企業から金融機関になった途端に、米議会は財政支出の増額に慎重になるだろう。リーマン・ショック時に公的資金を用いて銀行を救済したことの批判は、依然として国民の間で根強いためである。

特に、11月の大統領選挙前には、そうした国民に不人気となる追加の対策は、簡単には議会で可決されないかもしれない。さらに、選挙で民主党政権が成立すれば、議会は金融機関の救済に一段と慎重になるだろう。

このように、今回の経済対策では、企業支援は政府による直接的な支援・融資とFRBの企業支援スキームの双方から、かなり手厚くなった。しかし、今後金融機関の支援が必要になる場合には、再び世論が批判的となり、議会審議も紛糾するのではないか。

リーマン・ショック時に公的資金を用いて銀行を救済したことは、その後、米国での反格差運動の中心テーマの一つともなった。こうしたリーマン・ショック時のいわば過去の亡霊が、今後のFRBによる金融危機回避に向けた取り組みの大きな障害となってしまう可能性があるのではないか。

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