フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 給付金制度の課題とマイナンバー制度

給付金制度の課題とマイナンバー制度

2020/04/10

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

大きな打撃を受けた世帯へ給付を集中

政府が7日に閣議決定した経済対策には、所得が大幅に減少した世帯に対する30万円の給付金制度が盛り込まれた。給付金制度を巡る議論の中では、リーマン・ショック後に実施された「定額給付金制度」で、すべての人に1万2,000円(65歳以上と18歳未満は2万円)が給付されたように、すべての国民への一律給付を求める声も少なからずあった。

しかし、理念的には、新型コロナウイルスによって大きな打撃を受けた、本当に困っている人や世帯に対して、集中的に現金を支給する方が、セーフティネット(安全網)強化の観点からは望ましい。

また、経済効果の観点からも、所得に余裕がある人に支給すると給付金を貯蓄に回す傾向が強いため、大幅に所得が減って生活苦に直面している人に集中的に給付した方が、消費に使われる比率は高くなり、景気刺激効果は強まる。内閣府の分析によれば、リーマン・ショック後の定額給付金のうち、消費に使われたのは25%程度と低めの比率にとどまったという。

給付を迅速にするために自己報告制を採用

他方、給付に所得制限などを付せば、給付までに相当の時間がかかってしまう。例えば、資産投資に関わる所得、副業などの雑所得などがあることで確定申告をする人の場合、今年の締め切りは4月16日である。新型コロナウイルス問題の影響で、今年は例年よりも1か月締め切りが延びた。そうして確定した前年(2019年)の年間所得から、一定の所得水準以下の人を給付対象と政府が特定して支給を始める場合には、受給までにかなりの時間がかかってしまう。

そこで、できるだけ早く給付するために政府が採用したのが、自己報告制度である。政府が給付の対象者を時間をかけて特定するのではなく、個人に手を挙げてもらい、その中で条件を満たした人に政府が現金を給付するのである。

今回採用された現金給付制度では、今年2月から6月の間の任意の月で(1か月間であっても)、世帯主の収入が減り、年収に換算した場合に住民税非課税水準になる低所得世帯と、収入が半分以上減って年収換算で住民税非課税世帯の水準の2倍以下にまで落ち込む世帯との、2つのケースを給付の対象とした。

所得が大きく減り、かつ所得水準が低い人、つまり所得の変化と水準という2つの基準を組み合わせて、給付対象を決める仕組みとなっている。

不正受給の可能性も

全5,800万世帯のうち、対象になるのは約1,300万世帯と見込まれている。その場合、支給総額は3.9兆円となり、リーマン・ショック後に実施された定額給付金での支給総額約2兆円の2倍程度となる。

ただし、住民税非課税水準は市町村ごとに違うため、住む場所によって不公平感が生じるとの批判もある。そこで総務省は4月10日に、住民税非課税水準に相当する支給対象基準を、全国一律にする方針を明らかにした。単身世帯の場合、月収が以前より減って10万円以下になれば、支給対象となる見通しだ。対象となる月収の基準は、扶養親族の数が1人増えるごとに5万円ずつ上がっていく。扶養親族が1人いる世帯で15万円以下、2人いる世帯で20万円以下となる。

こうした条件を満たし、給付を希望する人は、市町村の窓口に自身で申し込む。その際に、収入がどれだけ減ったかを示すために、今年2~6月の給与明細と前年の源泉徴収票を提出することになる。

ただしこの制度の下では、複数の企業から給与所得を得ている人や、給与所得以外の所得、例えば利子・配当所得、仮想通貨からの利益などはチェックできないだろう。その結果、実際には高い年収を得ている人が給付金を受給する、いわゆる不正受給の可能性を排除できないのではないか。

給付の開始は5月中か

さらに、給付を希望する人が殺到することで、市区町村の窓口業務は混乱が避けられないのではないか。仮に窓口に給付希望者が殺到すれば、新型コロナウイルスの感染リスクを高めてしまう、という問題も生じる。

そこで総務省は、郵送やマイナンバーカードを使ったオンライン申請などができる仕組みを検討している。それでも、電話問い合わせなどの対応で、市町村の窓口には相当の事務負担が生じるだろう。また、マイナンバーカードの普及率は、現在15%強程度と考えられることから、マイナンバーカードを使ったオンライン申請を行う人も、比較的限られるだろう。

さらに、対象者が実際に給付金を受けとるまでには、かなりの時間がかかる。給付の開始は5月中となる見通しだ。まずは、給付金制度を実現させるためには、政府は2020年度補正予算を国会で成立させる必要がある。さらに、その後は、給付の事務を担当する市町村議会でも同様に補正予算を成立させる必要があるのだ。市町村によって成立時期は異なることから、各地域で支給開始日も異なることになる。

給付金で浮かび上がった日本の課題

給付金の支給時期については、他国と比べても遅いとの批判がされている。それは、公的機関間での情報の共有化に向けた技術面と法制面での整備の遅れと、個人データのデジタル化、集約化の遅れに原因があるだろう。

社会保障給付の対象を特定するため、個人の所得水準を把握するには、地方自治体が住民税などを見て審査する必要がある。しかし、現在の法規定では税情報を転用するのは簡単でない。現金を給付するには、まず個人の税情報を税務当局以外が閲覧することに、個人の同意を得なければいけないという(「『1世帯30万円』早期給付に壁、英米は納税情報と連動」、日本経済新聞電子版、2020年4月6日)。

政府は、社会保障、税、災害対策の3分野で、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認し、国民の利便性を高める狙いで、2016年1月にマイナンバー制度を導入した。

一つの個人番号のもとで、個人のすべての所得(複数企業からの給与所得、利子・配当、その他雑所得など)のデータがリアルタイムで蓄積される環境が確立されていれば、政府が一定の所得変化と所得水準の条件のもとに、給付金の対象となる個人をリストアップするのは非常に容易となる。さらに、マイナンバーに銀行口座が紐づいていれば、国民は、瞬時に給付金を受け取ることができる。こうしたもとでは、給付金制度が可決されれば、即座に対象者は給付金を受け取ることができるようになる。

プライバシーに敏感な日本の国民性が、個人データのデジタル化、集約化の妨げとなっているという側面もあるのだろう。しかし、今回のように、経済危機の際に政府からの支援を直ぐに受けることができないという深刻な問題が生じたことで、日本の税・社会制度の整備の遅れ、デジタル化の遅れを思い知らされることともなったのである。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn