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米企業の株主第一主義が大幅に軌道修正

2020/04/23

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幅広いステークホルダー重視の姿勢に転じる米企業

米国流の資本主義が地殻変動を起こしている。長らく米企業の行動規範となってきた「株主第一主義」の経営に、見直しの動きが出ているのである。米経済団体ビジネス・ラウンドテーブルは2019年8月に、米国の経済界は株主だけでなく、従業員や地域社会などすべてのステークホルダー(利害関係者)に経済的利益をもたらす責任がある、とする声明を発表した。声明には、会長を務めるJPモルガンのジェイミー・ダイモンCEO(最高経営責任者)を含め、180を超える主要企業のトップが署名をしている。

米国に限らず、株主第一主義はこの50年間、アングロサクソン型の資本主義のいわば支柱の役割を果たしており、多くの経営陣は、経営戦略や投資方針などを決める際に株主還元という視点を非常に重視してきた。これが大きく転換するのであれば、米国などに範を求め株主重視の経営に取り組んでいた日本企業にとっても、看過できないことだ。

米企業が株主第一主義の見直しを表明した背景には、深刻な格差の解消に向けた企業の責任拡大を求める声が、米国内で高まっていることがある。ダイモンCEOは、「米国では貧富の差が拡大しており、すべての利害関係者を重視することがより健全な経済につながる」との見方を示している。また、「アメリカン・ドリームは揺らぎつつある」として、「大手の雇用主は従業員や地域社会に投資している。長期的な成功にはそれが唯一の方法だと知っているからだ」と指摘した。

米企業の社会的責任の拡大を求める声

米トランプ政権は、こうした格差拡大の背景を中国などの不当な貿易慣行にあるとしてきた。輸入品の急増が製造業の低迷と中間層の没落を招いているとの主張だ。これが、貿易政策で米国の利益を最優先する「米国第一主義」の底流にある考えだ。

一方、野党民主党は、格差拡大の原因を米企業の経営姿勢にあるとする。積極的な自社株買いなどを通じて株価押し上げに注力する経営は、一部の富裕者層と経営者の資産を膨れ上がらせる。他方、企業収益が拡大する程には労働者の賃金は上昇しないため、格差は広がる一方だ。民主党は企業に対して、社会の分断を生むこうした格差の縮小に向けて、責任ある対応を求めているのである。

米企業はポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりを警戒しているが、トランプ政権の米国第一主義は外向けのポピュリズム、民主党の主張は内向けのポピュリズムと言えるだろう。米企業が恐れるのは、自らが攻撃対象となる後者のポピュリズムだ。そして米企業は、今年の大統領選挙で民主党が躍進することを警戒している。

実際、米企業の株主第一主義の見直しも、ポピュリズムの台頭、民主党の躍進を抑えるための戦略であり、企業はその経営方針を大きく変える意思はない、との指摘もある。確かに、従来批判されてきた「経営陣の給与が異常に高い」、「企業の納税額が十分でない」といった問題への対応が、声明文では触れられていない。

しかし、株主第一主義の見直しは見かけ倒しで実効性はない、と考えるのは正しくないだろう。実際、主要企業による正式な声明は、今後、労働者が賃上げを求めるなど、ステークホルダーが自らの利益に配慮するように企業に働きかける際に、それを後押しすることは間違いない。

さらに、企業が自ら株主第一主義の見直しを打ち出した背景は他にもある。今回の声明に加わった米運用大手ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、1980年代から2000年前後に生まれたミレニアル世代の6割が、会社の主な目的を利益追求よりも社会貢献と考えている、と指摘する。米経済界が優秀な人材を獲得し、また投資マネーを取り込む際には、こうした世代の考え方を十分に配慮する必要が出てきたのである。

新型コロナウイルス問題で米国での第一主義の見直しは加速か

ところで、新型コロナウイルス問題で大きな打撃を受けた航空会社の救済策が、現在、米政府の手で進められている。これに当たり、民主党議員からは、財政、つまり国民の税金を使った救済に慎重な意見も出された。

リーマン・ショック後の大銀行救済は、後に国民からの強い反発を招いた。当時は、リスクのある過大な投資を行ってリーマン・ショックを引き起こした責任がある銀行を、国民の税金で救済することに抵抗を持つ人が多かったのである。

今回は、航空会社の経営不振は航空会社の責任ではなく、新型コロナウイルス問題と、それを受けた各国の渡航制限によるものだ。それでも、航空各社が過去数年は利益の多くを自社株買いに回し、株主の利益を高めることに注力してきたことが国民から批判されている。民主党議員が救済に慎重なのは、こうした世論を背景としているのである。

つまり、近年、米国の大手企業は、大量に自社株買いを行い、株価を引き上げて株主の利益を高めることに注力したが、その一方で、その他のステークホルダーの利益、そして広く社会的な利益には十分に貢献してこなかったとの認識が、国民の間で強いのである。今後、大企業の救済対象がさらに広がっていく中では、企業が社会貢献をより強めることが、その条件となっていくのかもしれない。

さらにここ数日では、政府による中小企業向けの給与保障プログラムを利用してその資金を使い果たした、として大企業が強い批判を浴びており、その社会的責任が改めて問われている。

このように、新型コロナウイルス問題をきっかけに、社会的な貢献を従来以上に重視し、伝統的な株主第一主義を大きく見直す動きが、米企業の間で加速することになるのではないか。

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