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新型コロナ問題が拓くイノベーションと企業の持続的成長

2020/04/28

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パンデミックはイノベーションを生み出してきた

新型コロナウイルス問題は、この先かなり長い期間にわたって、世界の経済活動に深い傷跡を残すことになるだろう。新型コロナウイルス問題が解決された後も、経済は容易には元の姿に戻らないという面がある。ただし、そうした構造的な変化の中には、前向きなものもあるはずだ。

今回のパンデミック(感染症の世界的大流行)は、企業が他業種の生産活動に参入すること、他の企業と自発的に協業を始めること等を通じて、新たなイノベーション(技術革新)が生み出されるきっかけになる、という面があるのではないか。更に、企業の社会的な貢献が評価され、それが中長期的な企業の安定した経営、持続的な成長にとって追い風となる面もあるだろう。

ノースウェスタン大学の経済・歴史学者のジョエル・モキイア氏は、過去に見られた戦争や感染症パンデミックのような国家的危機は、歴史的に多くの民間イノベーションを生み出してきたと指摘する。18世紀後半のイングランドでの天然痘の治療方法の探求や、第1次世界大戦前のドイツにおける大気中窒素の爆薬への利用の推進などがその例だという。

軍事技術の民間転用の例

国家財政や人的資源が集中的に投入されることから、戦時には新たな技術が生み出され、社会変革を促すようなイノベーションにつながるケースが少なくないということは、今までもしばしば指摘されてきたところだ。

異論もあるようだが、インターネットは軍事技術の応用とされる。少なくとも、その開発段階では米国防総省の技術、資金が投入されたことは確かなようだ。またコンピュータは、本来、弾道計算用に生み出されたものだ。自動運転も軍事目的で発達した。医療分野では、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」は、軍事関連技術が民間へ転用された代表例である。

しかし、軍事力強化という目的のもとで、国家の強い後押しのもとで生まれたこうした技術は、必ずしも民間経済の発展、国民生活の向上という観点から最適な形とは言い難い面もあるのではないか。上記に挙げたのは、あくまでも軍事技術が民間に転用された一部の成功例に過ぎない。軍事関連に資源が投入されたことによって、民間経済活動が妨げられ、民間のイノベーション創出の障害になった、という面もあったのではないか。

資源がもっと民間に投入されていれば、国民生活をより豊かにする形でのイノベーションが、企業努力によって更に多く生み出されていたかもしれない。新型コロナウイルス問題を受けた企業の行動をみると、そのように民間主導でイノベーションが生み出される萌芽が見られるように思われる。

医療関連品の生産に乗り出す日本企業と評価される社会貢献

今回の新型コロナウイルス問題では、異なる業種の民間企業が、不足する医療関連品の生産に自発的に乗り出す動きが見られる。戦時下であれば、こうした動きは政府によって強制されるものだろう。

一部には、政府からの要請を受けた面もあるが、自発的な動きも少なくない。こうした企業行動が、将来の事業の多角化、既存技術の新たな活用などの大きなヒントとなり、イノベーションあるいは企業の持続的な成長につながっていく面もあるのではないか。

日本では、全く異業種であるシャープが、マスクの生産を行ったことが注目された。液晶ディスプレイ製造で同社が保有する、クリーンルームを活用したという。日清紡ホールディングスは、自社素材を使用して開発した形態安定立体マスクの一般販売を始めた。パナソニックも、マスクの生産を行う。

またトヨタ自動車は、顔全体を覆う「フェイスシールド」を愛知県内の工場で生産し、医療機関に供給する。

サントリーは、傘下の米ビームサントリーが消毒液や原料の生産を始めている。国内でも、消毒液の原料を医療機関や高齢者施設向けに無償提供する。酒造メーカーの宝も、自社で製造するアルコールを手指の消毒用として提供する。資生堂は、既存の製造ラインを活用して、消毒液を独自に開発し、製造を開始した。花王も、国内の工場で消毒液を製造する。

ソニーは、デジタルカメラなどを生産している工場などを活用し、不足が懸念されている人工呼吸器の部品の生産や組み立てを行う検討を進めている。またトヨタ自動車も、人工呼吸器の生産に協力する。

このように、品不足が深刻な医療分野での生産活動に、異業種の企業が自発的に参入することは、新型コロナウイルス対策への民間企業の貢献として、人々から既に高い評価を得ている。更に、異業種への進出は、将来の経営、技術開発などにも役立つノウハウを、個々の企業に蓄積させることにもなるだろう。

ネットを通じて企業間で生産協力の動きが広がる

米国では、ウィスコンシン大学病院でフェースシールドが不足していたことをきっかけに、同大学が独自のフェースシールドを開発した。しかし、自らは大量に生産できないため、必要な部品の情報とともに設計書をウェブサイトに載せ、誰でもダウンロードできるようにしたのである。その数日後、自動車大手フォード・モーターがそれをダウンロードし、自社で調整を加えてフェースシールドの生産を始めたという。

さらに、他の大学が、この設計書を基にした、期間限定の供給網を構築した。それは、メーカーと材料の供給業者とをつなぐ役割を担った。その結果、300を超えるメーカーが製造計画を提出し、フェースシールドの大量生産が可能となったのである。

日本でも似たような例がある。大阪大学が眼鏡フレームメーカーと協力し、フェースシールドを開発した。その設計データを3Dプリンター向けに公開したところ、医療危機を救おうとする中堅・中小企業が、続々とフェースシールドの生産に乗り出したという。

医療分野にロボットの導入が進む

また新型コロナウイルス問題をきっかけに、ロボットやAIなど、新たな技術を医療分野に導入する動きも、世界中で加速している。

新型コロナウイルスの発生地となった中国湖北省武漢市では、医者たちが、ロボットを使用して、感染者の治療にあたっているという。ロボットが、隔離患者に食事や医薬品を提供し、また、隔離病棟の空気中や表面などに付着した病原菌を殺菌することが可能なロボットが、最前線で患者との接触に使われている。

米国で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されたワシントン州でも、医師らがロボットを活用している。彼らは遠隔医療デバイスを利用し、カメラ、大型ディスプレイ、マイクロフォン、スピーカーなどを使って、患者を遠隔診察しているという。

政府の過剰な関与は民間イノベーション創出の妨げに

このように、新型コロナウイルス問題をきっかけに、異業種の企業が、医療関連の生産に参入し、また他業種で開発された技術が、医療分野で応用されるようになってきている。さらに、異業種間での企業の連携や協調が、自主的に形成され始めている。こうして新たな接点が企業間で多く生まれ、技術が融合していくことは、将来のイノベーション創出につながるのではないか。

新型コロナウイルス問題を受けて、どこの国でも経済活動における政府のプレゼンスが高まる形となることは、当面避けられない。しかし、イノベーションを生み出す源泉は、基本的には民間にある。政府の民間経済活動に対する過剰な関与が長引けば、民間経済やイノベーションの創出の妨げとなる点にも留意が必要だ。

他方、新型コロナウイルス対策で企業の社会貢献も改めて評価されている。それが、企業の持続的な成長にも寄与することになれば、国民の生活を従来以上に豊かにするイノベーションを生み出す環境が、後押しされることにもなるのではないか。

(参考資料)
「新型コロナウイルスとの戦いで活躍する最新技術」、EE Times Japan、2020年3月30日
「コロナ対策でイノベーション、民間から続々と」、ウォールストリートジャーナル日本語版、2020年4月17日

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