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緊急事態宣言解除に向けた出口戦略の論点整理

2020/05/07

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政府が緊急事態宣言の解除の判断基準を示す方向

政府は5月4日に、緊急事態宣言を5月末まで延長することを決めた。これを受け、経済・社会生活の安定回復の観点から比較的早期の解除を望む都道府県を中心に、解除に関する明確な数値基準、いわば「出口戦略」を示すよう、政府に強く求める意見が高まっている。これを受けて政府は、緊急事態宣言の解除に関する基準を、専門家の意見を聞いたうえで14日までに示すと説明している。

政府は、①直近の2~3週間の新規感染者数、累積感染者数、②感染経路が不明な感染者の割合、③感染の有無を調べるPCR検査が適切に実施されているか、④経済圏・生活圏が重なる近隣都道府県の感染状況、などを解除の基準にする考えだ。しかし、これらのうち、どの程度が明確な数値基準として示されるのかについては、明らかでない。

これに対して、緊急事態宣言の延長を決めた際に、政府が解除に関する明確な数値基準を示さなかったことを大阪府の吉村知事は批判し、「どうなったら休業要請などが解除されるのか、府民と共有できる出口戦略を明確に示す必要がある。国で示されないことになったので、大阪モデルを決定したい」とした。そして、6日にはその大阪モデルを示したのである。

感染経路不明者の数が10人未満(一週間の平均、以下同様)、陽性率7%未満、重症者の病床使用率60%未満の3条件が7日連続で満たされれば、段階的に休業要請などを解除するとしている。

大阪モデルは何の数値基準なのか

解除に関する明確な数値基準を示さなかったとして、大阪府の吉村知事が政府を批判したことに対して、西村大臣は、「緊急事態宣言の解除の判断は政府が行うものである一方、宣言後の休業要請は知事の権限で行い、解除するものだ。知事自身で説明責任を果たすのは当然だ。知事の権限や裁量を増やしてほしいと要請・主張しながら、解除要件の基準を国が示してくれないというのは大きな矛盾だ」と反論している。

改正新型インフルエンザ特措法の規定に基づけば、西村大臣の主張が正しいだろう。しかし、緊急事態宣言発令時には、東京都が検討していた休業要請の対象業種の判断に、政府が強く介入した経緯を考えれば、休業要請・解除は知事の判断という大臣の説明も、素直には受け入れられない面もある。

また、大阪モデルで示された基準は、外出自粛要請の解除の基準にはなるように思うが、休業要請の解除の基準にはなりにくいのではないか。休業要請の解除の場合には、感染拡大のリスクなど、個々の業種の特性などを踏まえて、選別的、段階的に実施すべきものであり、一律の基準は馴染まない。

この大阪モデルは、実際には休業要請の解除の基準というよりも、緊急事態宣言の解除に関する基準に近いように感じられ、緊急事態宣言の解除に関する数値基準を示さない政府に対する当てつけのようでもある。

懸念される政府と都道府県との対立

ここにきて再び表面化した、新型コロナウイルス問題を巡る中央政府と都道府県との対立の背景には、政治的な要素も影響しているだろう。それに加えて、緊急事態宣言を定めている改正新型インフルエンザ特措法では、緊急事態宣言の発令や解除を決めるのは中央政府であるが、そのもとで外出自粛要請や休業要請・指示の導入や解除を決めるのは都道府県知事となっている。このように権限が分散していることこそが、中央政府と都道府県との間で権限を巡る争いが生じる温床となっている。

さらに特措法では、中央政府に「総合調整」という機能が付与されている。これを根拠に、政府は東京都の休業要請の対象業種の決定に強く関与した。しかし、「総合調整」の及ぶ範囲については、法的には明らかではない。

緊急事態宣言が続いているもとでは、都道府県知事が休業要請を強化することも、また解除することも決められる。しかし、ひとたび緊急事態宣言が解除されれば、休業要請はその法的根拠を失ってしまう。そのもとで仮に休業要請を続けても、効果は大きく削がれてしまうだろう。

改正新型インフルエンザ特措法の法的規定はともかくとして、緊急事態宣言の発令・解除については、政府と都道府県とが十分に議論し、すり合わせることが、有効な新型コロナウイルス対策の観点からは求められる。しかし、実際にはそれができていないことは、中央政府と東京都、あるいは大阪府との対立が明らかにしているのではないか。

「解除の数値基準」の議論の底流には政府に対する不信感

緊急事態宣言の解除に関する明確な数値基準を政府が示すべき、との主張が高まっている背景には、緊急事態宣言のもとで強いられている休業や外出自粛に対する、企業や個人の鬱積した不満がある。基準が示されれば、緊急事態宣言がいつまでも続けられるものではない、という希望を持つことができるのである。

さらに、「緊急事態宣言の延長、解除の判断が、本当に科学的根拠に基づいてなされているのか。もしかしたら、密室で、何か政治的要素で決まっているのではないか」、という疑念も背景にあるのではないか。こうして考えると、明確な数値基準を政府が示すべき、明確な「出口戦略」を示すべき、との主張の底流には、政府に対する不信があると言えるのではないか。

日本銀行の「出口戦略」議論と似ている面

緊急事態宣言の「出口戦略」を巡るこうした議論は、一時期に高まった、日本銀行の「出口戦略」の議論を思い起こさせる。議論の本質は同じだ。

2%の物価目標達成が金融政策の正常化、つまり出口の条件であると主張する日本銀行に対して、2%の物価目標達成は無理と考える金融市場は、それとは別に、いわゆる本音ベースでの出口の条件を示すべき、と日本銀行に迫った。

金融市場は先行きの不確実性を非常に嫌うものだ。そこで、先行きの予見性を多少なりとも高める観点から、日本銀行に何らかの数値的な基準を求めるのである。これは、将来不安を和らげる観点から、政府に緊急事態宣言の解除に関する明確な数値基準を示すことを求める、現在の企業や個人の心情と良く似ている。

さらに、日本銀行の政策が、政府の介入によって歪められないよう、客観的な基準に基づく出口戦略を求める主張の背景には、政策決定の透明性を高め、政府の介入を排除すべき、との考えがあった。

これに対して日本銀行は、金融政策の正常化に向けたプロセスを含む出口戦略を、2%の物価目標以外の数値基準で示すことに否定的だった。その理由として、政策を取り巻く環境は常に変化することから、出口戦略の数値基準を示すとしても、それは直ぐに修正が必要になり、その結果、金融政策に対する信頼感が低下する、ことを挙げたのである。またその際には、出口戦略を修正した米連邦準備制度理事会(FRB)の例を引き合いに出した。

解除に向けては地方との事前調整と説明責任が重要

金融政策は、基本的には「総合判断」でなされるものだと思う。しかし、日本銀行の場合には、2%の物価目標が先行きの金融政策の指針として全く機能しない以上、金融政策正常化の条件、いわゆる「出口戦略」として、何らかの数値基準を別途示すことはおかしくないだろう。

そのうえで、その数値基準を状況変化に合わせて随時修正していくことは、金融政策に対する信頼感を低下させるものとは必ずしも言えない。要は、修正ごとに明確な説明ができれば良いのである。

こうした金融政策の「出口戦略」を踏まえつつ、緊急事態宣言の解除に向けた「出口戦略」に話を戻そう。政府は、14日までに一定の数値基準を含む、解除の基準を示すことになるだろう。その数値基準は、状況の変化に応じて随時見直しても構わないと思う。そして、最終的な緊急事態宣言の解除の判断は、数値基準に応じた機械的な判断なのではなく、数値基準を考慮に入れた上での「総合判断」であるべきだ。

ただしその際には、科学的根拠に十分に基づいた客観的な判断であることは必要である。政府による納得性の高い説明が合わせて求められる。

さらに重要なのは、各都道府県を対象とする緊急事態宣言の解除、あるいは延長の判断は、当該都道府県知事との間の綿密な調整を経た上で決められるべきだ。そのために必要な枠組みを、直ぐに準備しなければならないのではないか。緊急事態宣言の解除を巡って、政府と都道府県との対立が再び表面化すれば、それは、国民に大きな不安を与えるものとなってしまうだろう。

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