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米国でマイナス金利政策導入の可能性は依然低い

2020/05/14

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米国で浮上するマイナス金利政策導入の観測

4月雇用統計で失業者が急増したことなどをきっかけに、米連邦準備制度理事会(FRB)がマイナス金利政策を導入する、との観測が米国で浮上している。FF(フェデラルファンズ)金先市場では、今年年末から来年にかけて小幅なマイナス金利が織り込まれている。さらに、5月12日にはトランプ大統領が、ツイッターに「他国はマイナス金利の恩恵を受けている」と投稿し、FRBにマイナス金利政策を導入するように圧力をかけた。

しかし、実際にFRBがマイナス金利政策を導入する可能性は低い。少なくともそこに向けたハードルはかなり高いだろう。FRB内では、マイナス金利政策導入の効果と副作用を綿密に分析し、長い時間をかけた議論を経て、導入に否定的なコンセンサスを既に確立させている、と考えられるのである。13日の講演でも、パウエル議長はマイナス金利政策の導入に否定的な考えを改めて示している。

米国ではマイナス金利政策導入に大きなハードル

かなり以前のことであるが、2010年8月にFRBのスタッフは、中銀当座預金の付利金利をマイナスの水準に引き下げることの効果についてのメモを、米連邦公開市場委員会(FOMC)に提出した。マイナス金利政策の導入には否定的な判断を示す内容であったが、その主な理由は技術的なものであった。

第1はオペレーション上の問題であり、システム変更の必要性や、現金需要増加の可能性などである。第2に法的な問題であり、FRBが銀行に対してマイナスの当座預金金利を押し付ける権限を持っているか否か、という点である。この法的な制約は、FRBにとっては他の中央銀行と比べて、そして多くの人が考えるよりもずっと厳しい問題である。

法律の条文は、「FRBは準備預金に対する金利を銀行に支払うことができる(the Fed can pay banks interest on their reserves)とされているだけであり、その金利をマイナスにする、つまり銀行がFRBに金利を支払うことが認められるか否かは明確でない。

またそれが認められない場合には、FRBが決済機能を持つ銀行の準備預金に対して手数料を徴収できるか、という可能性が検討される。しかしその際の問題は、法律は、FRBが決済サービスに課す手数料は、長期間のコストを反映するもの、と規定していることである。FRBが銀行の準備預金を保持する直接的なコストは、実際には低いのである。

他方で、準備預金に対する手数料を、決済機能サービスに対する対価ではなく、銀行に対する監督、規制の対価とする解釈もあり得る。

いずれにしても、FRBが「マイナス金利政策」を導入する際には、こうした極めて複雑な法的問題をクリアする必要がある。

マイナス金利の幅はどこまで可能か?

仮にマイナス金利政策を導入した場合、政策効果を損ねる現金保有の急拡大を招くことなく、果たしてどの程度の水準まで金利を引下げることができるのか、この点が、政策の効果を評価する際に重要である。

これについても、先述の2010年のFRBのスタッフのメモの中で分析されており、銀行が金庫に巨額の現金を貯蔵するコストから算出された水準は、-0.35%とかなり小幅なマイナスであった。その上で同メモは、マイナス金利政策の導入のメリットは小さい、と結論付けたのである。

しかし欧州ではそれ以上の幅でのマイナス金利が既に導入されている。このことは、計算以上に金利を引下げることが可能であることを意味するかもしれない。ただし、米国ではスイスやスウェーデンと同じ水準まで金利を引下げるのは難しい。

その理由としては、MMFを中心とする金融機関への打撃と金融市場への悪影響が指摘できる。マイナス金利政策の導入は①MMFから銀行預金への大量の資金シフトを生じさせる、②MMFの収益性が低下して閉鎖に追い込まれる、等も問題を生じさせる。その過程でMMF が投資対象としている金融商品を投げ売りすることを強いられれば、金融市場を大きく混乱させてしまうだろう。

中銀コミュニティではマイナス金利政策に慎重なコンセンサスを確立か

昨年末にスウェーデン中銀がマイナス金利政策を解除し、さらに今年3月の金融市場の混乱の中でも、欧州中央銀行(ECB)と日本銀行がマイナス金利の水準をさらに引き下げる政策をとらなかったことで、中銀コミュニティではマイナス金利政策に慎重な評価は固まった感がある。

現在、各中央銀行で採用されているマイナス金利政策とは、中央銀行当座預金の一部あるいは全部の付利金利をマイナスにするものだ。その結果、銀行間で資金を融通する銀行間金利は、マイナスになる。

しかし、企業・個人の銀行預金金利や企業・個人が銀行から資金を借り入れる際には、ほとんどがプラスの金利である。つまりマイナス金利の世界は、金融コミュニティにほぼ限られるのである。

このマイナス金利の金融コミュニティとプラス金利の非金融コミュニティとの間のギャップは、銀行の利鞘の縮小となって表れることになる。その結果、マイナス金利政策は、銀行の収益を悪化させ、その分、貸出を慎重にさせてしまう面も生じる。このようにマイナス金利政策には、景気刺激効果どころか、金融引き締め効果を生んでしまうという側面もあるのだ。日本銀行が現在採用しているマイナス金利政策も、百害あって一利なし、ではないだろうか。

他方、FRBは3月に、政策金利を一気にゼロ近傍まで引き下げた。もう少し漸次的に引下げても良かったのではないかとも思うが、FRBは、今後の政策対応は「量」で行っていき「金利」は放棄した、という意思表示を込めて、こうした行動を決めたのではないか。

こうした経緯を踏まえても、トランプ大統領の圧力に屈して、FRBがたやすくマイナス金利政策の導入を決めるとは考えにくい。

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