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基調的な物価は中期下落トレンドへ:事実上放棄された日銀2%物価目標

2020/05/22

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基調的な消費者物価は既にマイナストレンドに

総務省が5月22日に発表した4月消費者物価統計で、生鮮食品を除くコア指数は前年同月比で-0.2%と下落に転じた。下落は2016年12月以来のことである。新型コロナウイルス問題が物価上昇率を大きく押し下げていることは疑いがない。特に4月は、世界経済の悪化を背景とする海外原油市況の下落によって、国内のガソリン価格が低下したことが、物価指数の下落に大きく寄与している。それに加えて、インバウンド需要の消失や国内消費の自粛による、宿泊料、外国パック料金の下落も顕著となっている。

生鮮食品を除くコア指数から、エネルギー関連と消費税率引き上げの影響を除く、いわゆるコアコア指数を見ると、4月は前年同月比0.0%と、1月の同+0.6%から急速に低下している。基調的な消費者物価は、既にマイナストレンドに入ったのである。

基調的な物価の下落は5年続くか

ところで、この基調的な消費者物価指数の下落は、一時的な現象にはとどまらないはずだ。筆者の現時点での見通しでは、実質GDPが、マイナス成長に陥る前の2019年7-9月期の水準を取り戻すのは、2024年10-12月期である。リーマンショック後と同様に、実質GDPがそれ以前の水準を取り戻すのに、5年1四半期かかることになる。

経済がこのような経路を辿れば、従来よりも経済の需給関係が悪化した状態が長く続くことになる。それが、物価上昇率を長らく押し下げるだろう。

新型コロナウイルス問題が生じる前には、生産能力の成長トレンドである潜在成長率は、年0.6%程度であったと推定される(日本銀行による)。その状態が継続するもとで実質GDPが上記のように推移する場合には、「(実質GDP-潜在GDP)÷潜在GDP」、という式で算出される需給ギャップは、向こう5年間、新型コロナウイルス問題が生じなかったケースと比較して、平均で4.5%下振れる計算になる。

需給ギャップが1%悪化すると、物価上昇率は0.24%低下するという統計的な関係(日本銀行による)に基づくと、向こう5年間の物価上昇率は、新型コロナウイルス問題がなかった場合と比べて、毎年平均で1.08%程度下振れる計算となるのだ。

これを踏まえると、一時的な要因を除く基調的な消費者物価の上昇率は、この先数年間にわたって、小幅マイナス水準での推移を続けるだろう。

日本の物価は低位安定で真正デフレとは異なる

物価の基調が長らくマイナストレンドを辿れば、「日本は再びデフレに陥った」との議論は確実に高まる。しかし、筆者は、リーマンショック以降は、物価上昇率がゼロ近傍で比較的安定していた状況、と考えている。今後もそうであろう。

本来、実体経済や国民生活に大きなリスクをもたらすのは、「物価」と実質GDPなどで測る「経済」が、相乗的に大幅な下落を続ける、いわゆるデフレ・スパイラルだ。

しかし、日本に限らず先進国では、真正デフレと言えるデフレ・スパイラルに陥ったのは、世界恐慌が最後である。物価統計の持つ歪みを考慮すれば、日本のように物価上昇率の基調が低い国では、小幅な物価上昇も小幅な物価下落も大きな違いはない。

物価は様々な要因によって決まるが、そのトレンドに大きな影響を与えるのは、潜在成長率などの経済の潜在力である。+0.5%~+1.0%といった近年の日本経済の潜在成長率の下では、消費者物価上昇率のトレンドは、0%~+0.5%であったと思われる。コロナショックによって、日本経済の潜在成長率が一段と低下すれば、消費者物価上昇率のトレンドは0%程度まで低下してもおかしくはない。

この場合、需給ギャップ悪化の影響がいずれ解消されて、物価上昇率がプラスに転じても、そのプラス幅はわずかである。当然のことながら、2%といった水準には到底達しない。

日本銀行は2%の物価目標の達成を事実上放棄

こうした物価環境の下では、日本銀行の2%の物価目標は完全に宙に浮く。日本銀行は既に、この物価目標を事実上放棄したのではないか。現在の政策対応の中核は、金融面から企業を支援することと、金融市場、金融システムの安定である。景気刺激を通じて、物価目標を達成する狙いはもはやそれらにない。

2013年以降、日本銀行は積極的な金融緩和策を試験的に導入してきたが、その効果は明確ではなかった。今後、基調的な物価上昇率が再びマイナスに陥る中でも、再び異例の緩和策を強化することはないだろう。それらは、金融システムをむしろ不安定にさせてしまう等の弊害が大きいからである。

政府も、リーマンショック後のように、日本銀行に異例の積極緩和策を再度求めることはないだろう。2%の物価目標は、日本経済の潜在力に照らしてあまりにも高過ぎ、そもそも達成できる見込みはなかった。

そうして長らく迷走を続けてきた2%の物価目標は、コロナショックによって、事実上放棄されるに至ったのである。また、コロナショックは、達成が難しい2%の物価目標を事実上放棄するための言い訳を、日本銀行に与えたとも言える。

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