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激化する米中対立と人民元安の加速

2020/05/26

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中国経済の先行き懸念が人民元安要因に

中国人民銀行(中央銀行)は25日に、人民元の中心レートを1ドル=7.1209元と、前週末の基準値から0.0270元、元安・ドル高水準に設定した。これは2008年2月以来、およそ12年3か月ぶりの安値水準である。

新型コロナウイルス問題を受けて、その発生地である中国の通貨、人民元は、年初から対ドルで下落基調を辿ってきたが、先週末からその下落傾向がにわかに加速している。その背景にあるのは、中国経済の先行きへの不安と米中対立の激化の2つである。

5月22日に開幕した第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では、冒頭の「政府活動報告」で、李克強首相が、2020年のGDP成長率目標を設定しない方針を示した。首相はその理由を、新型コロナウイルスの感染状況や経済、貿易の情勢の先行きの不確実性が大きく、予測困難な要素が多いため、と説明している。

政府活動報告で成長率の数値目標が示されなかったのは、1990年の設定開始以降では初めてのことだ。2019年の成長率目標は「6.0~6.5%」に設定され、実績は6.1%となった。

GDP成長率目標が示されなかったことで、金融市場では中国経済の先行きへの不安が高まった。政府が意欲的な成長率の目標を設定し、積極的な金融・財政政策を通じて成長率目標の達成を目指す、という強い意志が示されなかったことへの失望も背景にある。

「香港国家安全法」で米中関係はさらに悪化

他方、米中間での政治的対立が足もとで強まっていることも、人民元安要因となっている。新型コロナウイルスの世界への拡大の責任を巡って、トランプ大統領は中国を強く批判していた。トランプ大統領は、中国に賠償金を支払わせる、あるいは中国からの輸入品に追加関税を導入する、などの可能性を示唆している。後者については、年初に成立した米中貿易協議の部分合意を事実上破棄するものと言えるだろう。その場合、貿易を巡る米中の関係は、昨年秋頃の状況にまで戻ってしまうことになる。

こうして、米中貿易協議の枠組みが崩れるリスクが燻る中で、さらに米中間の関係を悪化させるイベントが足もとで生じてきた。

中国は全人代で、香港での反体制活動を禁じ社会統制を強める「香港国家安全法」を制定する、と発表した。一定の自治制度を持つ香港が自ら治安法制を定めるのを待つ代わりに、全人代で「香港国家安全法」を制定すると発表したのである。これは、香港に高度の自治を認めた「一国二制度」を存亡の危機に追いこむ決定だ。それに対してトランプ大統領は、中国政府を強く批判している。

他方で米上院は、米国の会計基準に従わない中国企業の上場廃止につながる法案を可決し、経済面での米中関係を一層悪化させている。

大統領選挙を睨んで中国批判を強めるトランプ大統領

このような環境の下で生じているのが、足もとの人民元安なのである。25日に中国人民銀行が、人民元の中心レートの基準値元安・ドル高水準に設定したことは、市場実勢を受け入れたものなのか、あるいは意識して人民元安を認めるメッセージだったのかは定かではない。

仮に後者の場合であれば、これは米国に対する挑発行為となる。実態はどうあれ、トランプ大統領が、「中国が人民元安を誘導している」との批判を強める場合には、米中は再び通貨戦争の局面に入っていく可能性がある。これは、2019年8月にトランプ政権が中国を為替操作国に認定した時期に戻ってしまう、ことを意味しよう。

米国経済の悪化、特に雇用情勢の悪化がトランプ大統領の再選に黄色信号を灯している。こうしたなか、米国経済を一段と悪化させかねない米中貿易摩擦を再び激化させることをトランプ大統領は控えるだろう。

しかし、中国批判は大統領選挙に有利に働くとの考えから、新型コロナウイルス感染拡大の責任、香港の民主化抑圧などの観点から、トランプ大統領は中国批判を一層エスカレートさせていくだろう。

米中通貨摩擦は世界の金融市場の不安材料に

さらに、足もとで急速に進んだ人民元安を受けて、トランプ大統領は、中国の人民元安誘導を攻撃材料の一つに再び採用するかもしれない。人民元安を牽制することは、米国企業の対中競争条件にも好影響を与えるからである。

ただし注意すべきは、米中間で通貨問題が高まった2019年8月頃と比べて、現在の米国金融市場の脆弱性は格段に高いという点だ。巨額の経済対策によって財政赤字は急速に拡大し、双子の赤字問題がより深刻化するリスクは高まっている。こうした環境下で米国が、中国の人民元切り上げを要求し、またドル安政策を強化すれば、米国への資金流入が細るとの懸念から、悪いドル安、悪い金利上昇を招きかねない。それは、一時期と比べて安定を取り戻したように見える米国及び世界の金融市場を再び動揺させる可能性があるだろう。

このタイミングでの人民元安加速の帰趨については、上記のようなリスクがあるものと考えておきたい。

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