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香港国家安全法制定で米中関係はクリティカルな局面へ

2020/06/29

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香港国家安全法の制定と米国の制裁措置

米上院本会議は25日、「香港自治法案」(Hong Kong Autonomy Act)を可決した。これは、中国政府が現在進めている「香港国家安全法」の制定への制裁措置を定めたものだ。同法案は、中国政府が進める「香港国家安全法」の制定に関与した当局者や、香港での抗議デモを鎮圧した警官などに制裁を科す条項が含まれている。また、これら当局者らと相当額の取引を行う金融機関に対しても制裁が科される点に留意しておきたい。

同法の成立には下院の可決とトランプ大統領の署名が必要になるが、中国の香港国家安全法の制定を受けて、ほどなく成立すると見られる。

いわゆる対中制裁法としては、この香港自治法案に先立って、6月17日に「ウイグル人権法」も成立している。これは、ウイグル族の弾圧に関して責任が認められる中国の当局者に制裁を科すように米政権に義務づける法律だ。この2つの法制に対して、中国政府は内政干渉であると強く反発している。今後、これらが、米中間で制裁措置の応酬へつながっていく可能性もあるだろう。

ボルトン暴露本でトランプ大統領は対中政策を硬化

トランプ大統領の対中姿勢が足もとで硬化していることには、ボルトン前国家安全保障担当補佐官の政権暴露本が影響していると見られる。この本の中で、トランプ大統領が、ウイグル人収容所への理解を示し、中国政府に建設を後押しした、とされている。

さらに、トランプ大統領が昨年のG20で、中国の習近平国家主席に対して、中国が大豆などの米国の農産物の輸入を増やせば、米国の農家はトランプ政権をより支持するようになり、大統領選挙での再選を助ける、との主旨の発言をしたとされる。

これは、外交政策を自らの再選という目的に利用したものとして、強い批判を受けており、トランプ大統領の足もとでの支持率低下の一因になっていると見られる。そのため、トランプ大統領は、中国に対してより強硬姿勢をとらざるを得なくなっているのである。

9月の香港立法会選挙が大きな注目点に

他方、香港の国家安全法は、6月30日に全人代の常務委員会で正式に決定される可能性が高い。審議されている同法では、以下の4つの行為が国家の安全を脅かす行為として禁じられる。第1が、中国からの離脱・独立を目指す「分離独立行為」、第2が、中央政府の権力もしくは権威の弱体化を意図する「反政府行為」、第3が、他人への暴力や脅迫を仕掛ける「テロ行為」、第4が、外国勢力との結託、である。

さらに、既存の香港の法律と矛盾した際には、この国家安全法の規定が優先されるとの規定も加わる。この規定は、香港の「一国二制度」を形骸化させるものと言えるだろう。実際、中国政府は、香港の議会にあたる「立法会」での採決を経ない形で同法案の成立を目指そうとしている。

中国政府が香港の国家安全法の成立を急いでいる背景には、9月に香港で行われる立法会選挙があると見られている。仮に民主派が過半数を握れば、中国政府の香港統治がより難しくなるからだ。7月18日に始まる立候補届け出の前に施行し、国家安全を名目に選挙管理当局が、民主派の立候補を禁止する可能性が指摘されている。

向こう数か月は非常にクリティカルな時期に

26日にポンペオ米国務長官は、香港の「高度な自治」を侵害した疑いのある中国共産党の複数の当局者に対して、査証(ビザ)の発給を制限する制裁を科すと発表した。香港問題で初めての制裁措置の発動である。香港の国家安全法制定を強く牽制する狙いがあるだろう。これに対して、中国の国内問題に干渉すべきでない、と中国政府は改めて強く反発している。

貿易問題では、米国に対してかなり譲歩してきた中国も、体制を脅かされかねない香港問題、ウイグル人問題に関しては、全く異なる強硬な姿勢を見せているのである。香港問題やウイグル人問題に対する米国の制裁に対して、いずれ中国は、自国経済への打撃を覚悟の上で、トランプ大統領再選に大きな打撃となる、米国からの農産物の購入停止措置に踏み出す可能性も否定はできないだろう。

その場合には、トランプ政権は、国内での感染拡大や経済悪化などの責任をすべて中国に転嫁したうえで、中国に対する強硬姿勢を格段に強める戦略に打って出る可能性があるだろう。大統領選挙での劣勢挽回に向けた、一種の起死回生策である。その先には、米中貿易協議の第1弾合意を破棄し、中国からの輸入品に新たな追加関税を課す可能性も出てこよう。

こうした措置は、コロナ問題で大きく傷ついた世界経済に、追い打ちをかけることになるはずだ。また、金融市場が再び不安定性を強めるきっかけともなり得るだろう。

米国と香港の選挙という政治イベントを前に、米中間の対立は一気に高まる可能性が出てきた。とりわけ、香港の国家安全法決定から始まる向こう数か月は、米中関係、あるいは世界経済や金融市場の観点からも、非常にクリティカルな時期となるだろう。

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