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ワイヤーカードの破綻と規制当局の教訓

2020/06/29

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ドイツのオンライン決済システム大手「ワイヤーカード」が破綻

不正会計疑惑で6月25日に破産手続きに入ることを発表した、ドイツのオンライン決済システム大手「ワイヤーカード」の問題は、ドイツでの企業会計の監視・監督機能の問題を浮き彫りにした。それとともに、新興企業、特にフィンテック企業を強く支援してきたドイツ及び欧州の政策の在り方に見直しを迫る、大きな事件へと発展している。

従業員約5,700人を抱えるワイヤーカードは、ドイツ株式指数(DAX)に採用されている優良銘柄の中で破綻した初めての企業である。また世界全体で見ても、同社の破綻はフィンテック企業で初の大型破綻となる。

負債額は35億ユーロ(約40億ドル)相当に上るが、債権の回収は困難とみられている。ワイヤーカードは、ドイツのコメルツ銀行、バーデン・ビュルテンベルク州立銀行(LBBW)、オランダのINGとABNアムロを含む銀行団による20億ユーロの信用枠の約9割を既に使っていたという。

ドイツの企業会計の監視・監督体制に大きな不備

ワイヤーカードの破綻は、ドイツ当局の監督体制の不備によるものとの批判が高まっており、そのレピュテーションは大きく傷つけられてしまった。

2019年1月に、内部告発に基づいて、英紙フィナンシャル・タイムズが同社の不正会計疑惑を報道した。しかし、ドイツの金融当局は、不正疑惑に対する調査を十分に行わなかったと非難されている。当局は、市場の寵児であったワイヤーカードを監視するよりも、むしろ支援する役回りの方が際立っていたとの指摘もある。実際、2019年には、同社に疑念の目を向ける相手を刑事告発し、また売り込まれた同社株の空売りを2か月間停止する措置を講じたのである。

ドイツで企業会計を監督するのはドイツ連邦金融監督庁(BaFin)であるが、実際にはFREPという半官半民の組織に、上場企業の会計の監視機能を委託していた。この制度にも問題があったのである。企業会計に問題が生じた場合でも、FREPの調査報告を受ける前にBaFinが独自の調査を実施できない規定となっていた。

FREPは、米国で起きたエンロンの会計不正問題への対応として2004年に設立されたが、従業員は15人の小さい組織だった。英紙フィナンシャル・タイムズがワイヤーカードの不正会計疑惑を報道した後も、その調査にあたったのはわずか1人だったという。

ドイツ政府はワイヤーカードの破綻を受けて、BaFinによるFREPへの業務委託を止め、企業調査の権限をBaFinに移す方針を固めた。

フィンテックなど新興企業に強く肩入れした欧州規制当局の問題も

ただしワイヤーカードの破綻で表面化したのは、ドイツの企業監視・監督体制の問題だけにとどまらない。欧州各国の規制当局は、スタートアップ企業を次の「ユニコーン(企業価値が10億ドルを超える未上場企業)」に育成しようと、積極的な規制緩和に動いていた。消費行動や金融サービスの利用に革新をもたらすと期待されていたフィンテック業界に対して、イノベーションや成長を促そうとしていたのである。

その背景には、域内で米中ハイテク企業による支配を許してしまったことを受けて、欧州を代表する有力スタートアップ企業を何としても育成したいと焦ったこともあるのではないか。

日本においても、欧州と共通する事情があるのではないか。金融サービス分野ではユーザーの利便性向上に加え、米中企業との対抗なども意識して、金融規制当局は、国内フィンテック企業の活動を支援する施策、法改正を進めてきたように見受けられる。そこには、競争激化を通じて既存の金融機関の業務の効率化を促す狙いもあるだろう。

しかし、そうした施策が、企業への監視・監督を緩めることにならないか、再度検証してみる必要はありそうだ。特に、決済サービスを担うフィンテック企業に破綻などの問題が生じれば、決済システムの信頼を損ね、国民の利便性低下をもたらしてしまう怖れがある。

(参考資料)
"Berlin drops accounting watchdog in bid to contain Wirecard fallout", Financial Times, June 29, 2020
「ワイヤーカード転落、甘やかした当局に痛い教訓」、2020年6月25日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版

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