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国家安全法制で脱香港の企業、人、カネの受け皿はシンガポール

2020/06/30

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懸念される国際金融センター香港の地盤沈下

6月30日に中国の全人代常務委員会は、「香港国家安全法(安全維持法)」草案を全会一致で可決した。これに先立ち、米トランプ政権は29日に、香港への機密技術の輸出を困難とする措置を打ち出した。これは、香港の貿易上の優遇措置を取り消す措置の一環である。香港国家安全法によって、中国政府の香港支配が進むと、香港に輸出される米国の技術が、中国人民解放軍や国家安全省に流用されるリスクがある、と米政府は同措置の導入の理由を説明している。

香港国家安全法の可決及び発効を機に、米中間での政治的な対立は一段と強まり、両国の貿易合意の見直しにまで発展するリスクがある(コラム「香港国家安全法制定で米中関係はクリティカルな局面へ」、2020年6月29日)。

ところで、同法のもとで香港の自治が損なわれ、「香港の中国化」が進むことは、国際金融センターとしての香港の地位を低下させるだろう。それが現実のものとなれば、中国企業の海外からの資金調達、海外金融機関の対中投資の双方に大きな打撃となり、中国と他の主要国の間での資金の流れを縮小させてしまうだろう。香港は中国と海外との間の資金の流れのハブなのである。ハブの機能が低下して、双方向の資金の流れが細れば、世界経済にも打撃となろう。

個人資産、金融機関が香港からシンガポールに

中国の支配が強化されることを受けて、香港及び中国本土の富裕層は、その資産を香港から海外へと移しているとされる。香港国家安全法が発効すると、資産が政府に没収されてしまう可能性もあると考えているためだ。その資産の逃避先、受け皿となっているのがシンガポールである。

6月5日に中央銀行にあたるシンガポール金融通貨庁(MAS)が発表したところでは、4月の銀行の非居住者の預金残高は、前年同月比44%増の620億シンガポールドルになった。これは1991年以降で最も多い増加額である。金融通貨庁は国別の内訳を公表していないが、香港からシンガポールへの大量の資金の移転を反映している可能性が高そうだ。シンガポールの民間銀行も、個人やプライベートバンク部門の外貨預金残高が大幅に増加していることを明らかにしている。

シンガポールへの資産移転の動きを受けて、UBS、クレディ・スイス、ジュリアス・ベアなどのプライベートバンク各社は、中国や香港の顧客を対象としたオフショア資産運用担当者の増員を計画している、とロイター通信は報じている。その多くがシンガポールを拠点としたポストだという。

さらに、ヘッジファンド、プライベート・エクイティなども、香港国家安全法をきっかけに、資産をシンガポールに移しているという。

また、米国商工会議所が6月3日に公表した調査結果によると、香港で事業を展開する米企業のうち、香港国家安全法を「ある程度」懸念しているとの回答は30%、「非常に」懸念しているとの回答は53.3%にも上った。さらに約30%は、香港から資本や資産、事業を移転させることを検討していると回答したという。

日本は香港人材の受け皿にはなれない

このように、香港は国際金融センターとしての競争力を大きく低下させるとともに、企業、人、カネが海外に流出し空洞化してしまうリスクに直面しているのではないか。その逃避先、受け皿となり、アジアの国際金融センターとしての相対的な地位を逆に高める可能性があるのが、シンガポールである。

一方で、日本政府は、日本経済の活性化や国際化を図る観点から、金融など香港の高度専門人材の受け入れに前向きな考えを打ち出している。こうした方針の背景には、香港支配を強化する中国への牽制、という政治的な背景もあるだろう。英国のジョンソン首相は、中国が香港国家安全法を撤回しない場合には、香港の住民に英国の市民権を取得させる意向を示している。日本の方針も、これに続く措置、という側面もある。

しかし実際には、日本が、香港から海外金融機関や人材を誘致できる可能性はかなり小さい。言葉と税制が、シンガポールに対する日本の国際金融センターとしての競争力をかなり劣位にしている。特に、中国ビジネスという観点からは、英語と中国語の双方が通用するシンガポールに比べて、共に話す人が限られる日本の劣位は明確だ。また、法人税、個人所得税においても、シンガポールの水準は日本よりもかなり低く、この面でも香港からの金融機関や人材がシンガポールに移る大きな誘因となっている(シンガポールの法人税率は17%、個人所得税率は最高税率22%)。

日本が国際金融センターとしての競争力を高めるためには、海外金融機関や海外の人材を受け入れるためのインフラを、腰を据えてしっかりと整えていくことが必要である。あたかも香港の混乱に乗じる形での付焼刃的な対応では、事態は変わらない。

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