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景気悪化の第2ステージ移行でなお底が見えない状況(日銀・短観)

2020/07/01

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景気悪化は非製造業から製造業へ広がる

7月1日に日本銀行が発表した短観(6月調査)では、大企業製造業の現状判断DI(業況判断DI・最近)は「-34」と、前回調査から26ポイントの劇的な悪化となった。これは、リーマン・ショック後の2009年以来、約11年ぶりの低水準である。事前予想の平均値は「-31」程度だった。

3月調査で深刻な悪化が確認できた非製造業でも、景況感はより大きな幅で悪化した。3月調査で見られた飲食・サービス、対個人サービスなどでの景況感悪化が一層強まったことに加えて、不動産、情報サービス等、悪化業種がさらに広がった。

3月調査では、製造業(全規模)の現状判断DIの下落幅よりも、非製造業(全規模)のDIの下落幅の方が大きかったが、6月調査ではこれが逆転している。輸出の急激な悪化の影響等を受けて、製造業が景況感の悪化をリードする形に転じつつあるのが特徴的だ。輸出環境の悪化は、大企業製造業の2020年度輸出計画が大きく下方修正(-6.7%)された点でも確認できる。

コロナショックの全貌がより明らかに

コロナショックを受けた国内経済の悪化は、第2ステージに入ってきた感がある。3月調査と比べると、コロナショックが経済に与える影響の全貌が、より明らかになってきた。

製造業の中でも特に際立っているのが、鉄鋼、造船と並んで自動車の現状判断DIの悪化(-55ポイント)である。こうした傾向は、鉱工業生産統計でも明確に確認できる。5月の鉱工業生産(速報値)は、前月比-8.4%と4月の同-9.8%に続いて劇的な悪化を見せた。これが、短観(6月調査)の製造業・現状判断DIの悪化に明確に表れている。6月の製造業予測指数も、経済産業省による補正値によれば前月比+0.2%と横ばいだ。

5月は自動車の生産が前月比-23.2%と最も大幅に減少した。4-6月期の鉱工業生産は前期比-17%程度になったと見込まれるが、そのうち自動車のマイナス寄与が半分以上と考えられる。

景気は底這い局面が続き、景況感の底はまだ見えない

自動車産業はすそ野が広く、その生産調整は多くの産業に調整圧力をもたらす。実際、今回の調査でも、それは鉄鋼業の景況悪化に明確に表れている。内閣府の産業連関表によると、ある業種の生産が1単位増加した場合に経済全体で何単位の生産が増加するかを示す「生産誘発係数」は、自動車を含む輸送機械では2.30と全業種の中で最大だ。そのため、自動車生産の大幅調整は、多くの業種での生産調整を強く促すことになる。

他方、先行き判断DIを見ると、製造業(全規模)、非製造業(全規模)ともにさらなる悪化(それぞれ-1ポイント、-3ポイント)が見込まれている。前回調査比でみた悪化の度合いとしては、6月調査がピークとなった可能性が高いものの、景況感の底は未だ見えない状況だ。

自動車産業の大幅な生産調整が他業種にもたらす影響や、以下に見るように雇用、設備の調整が本格化していることを踏まえれば、今後も景気には強い調整圧力が残る可能性が高い。

国内経済は当面底這い状況を辿り、明確な底離れの時期は未だ不明である。少なくとも、7-9月期にⅤ字型回復に転じるといった、当初は一般的であった楽観的な見通しが実現する蓋然性は、大きく後退したと見るべきだろう。

ストック調整が本格化したことで景気の悪化は長期化

今回の短観(6月調査)では、コロナ問題による企業の経営環境の急速な悪化が、雇用、設備といったストックの調整につながってきたことが確認できたことも、見逃せない重要な点である。

2020年度の設備投資計画は、総じて下方修正となった。大企業の計画は、3月調査と比べて前年度比増加率を幾分高めたが、3月調査から6月調査にかけて増加率は大きく引き上げられるという通常の修正パターンを踏まえれば、実質的にはかなりの下方修正と言えるだろう。6月調査では増加率は過去(2000年度から2018年度)の平均水準も下回った。また中小企業の投資計画は、前年度比増加率は通常の修正パターンを大きく覆す形で下方修正された。これらから、2020年度の設備投資は、マイナス基調に転じたと見るべきだろう。

他方、雇用判断DI(全規模全産業、「過剰」-「不足」)は、前回3月調査では3ポイントの上昇と小幅な悪化にとどまっていたが、今回は前回比で22ポイントの上昇と、予想外の劇的な悪化となった。新卒採用計画も、2020年度が前年度比+0.2%、2021年度が同-5.6%(全規模合計)と、先行きかなり抑制的となっている。

このように、企業が雇用、設備といったストックの調整を本格化させたことで、コロナショックをきっかけとする経済の調整はもはや一時的なもので終わらず、より本格化、長期化する可能性が高まったと言えるだろう。感染問題の収束と共に経済活動が急速に回復に転じるといったシナリオの蓋然性は、既にかなり低下している。

物価には下落圧力がかかり続ける

今回の短観調査では、製商品・サービス需給の現状判断DIも大きく悪化し、製品需給が一段と緩和していることを裏付けた。先行きも明確な改善が見込まれていない。また、仕入れ価格判断DI、販売価格判断DIともに大幅に低下している。需給関係の悪化を受けて、企業の価格支配力は明確に低下しているのである。

こうした環境のもと、企業の消費者物価見通しも下方修正が続いている。全規模全産業の物価見通しは、1年後で0.2%ポイント、3年後、5年後で0.1%ポイントの下方修正となった。その結果、5年後の物価上昇率見通しの平均は+0.9%と、いよいよ1%を割り込んだ。

前回に続く物価見通しの下方修正は、企業の中長期的な期待インフレ率が、コロナショックをきっかけに低下したことを示唆していよう。

向こう3年、物価は下落基調か

新型コロナウイルス問題が生じる前には、生産能力の成長トレンドである潜在成長率は、年0.6%程度であったと推定される(日本銀行による)。その状態が継続するもとで、「(実質GDPー潜在GDP)÷潜在GDP」、という式で算出される需給ギャップは、向こう5年間、新型コロナウイルス問題が生じなかったケースと比較して、平均で4.5%下振れると推察される。

需給ギャップが1%悪化すると、物価上昇率は0.24%低下するという統計的な関係(日本銀行による)に基づくと、向こう5年間の物価上昇率は、新型コロナウイルス問題がなかった場合と比べて、毎年平均で1.08%程度下振れる計算となる。

コロナショックによる需給の悪化を受けて、向こう5年間の消費者物価上昇率は年平均で1.1%程度下振れ、また向こう3年程度は、基調的な消費者物価上昇率は小幅なマイナスになると筆者は予想している。

日本銀行の金融政策は当面様子見

今回の短観調査では、経済情勢の悪化に加えて、このように物価環境にも下振れリスクが明確に高まってきたことが確認された。しかしそれらは、日本銀行の当面の金融政策には直接的には影響しないだろう。日本銀行は、2%の物価安定の目標を事実上棚上げしているからだ。現在の政策の中心は、政府の政策に最大限協力する、あるいは寄り添う形で、企業と雇用を支えることにある。とりわけ、無利子・無担保の特別融資を行う金融機関に、好条件で日本銀行が貸出す「新たな資金供給手段」が現時点での政策の柱と言えるだろう。

この点から、短観調査の中で、日本銀行が最も注目しているのは企業の資金繰り環境であろう。今回の短観で、資金繰り判断DIと金融機関の貸出態度指数が、前回調査と比べて悪化のペースを高めたことは、日本銀行にとってはやや気がかりな点だ。これを踏まえて、「新たな資金供給手段」を含む「特別プログラム」の拡充策を今後検討するかもしれない。

ただし、「特別プログラム」の拡充策は追加緩和措置とは言えず、政策金利の引き下げやETFの買入れ増額といった本格的な追加緩和措置を日本銀行が現時点で検討する可能性はほとんどないだろう。

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