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燻り続ける金融危機のリスク:邦銀のドル調達は日本のアキレス腱

2020/07/13

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金融危機のリスクは先送りされたか

世界の金融市場は一時期と比べてすっかり安定を取り戻したようにも見えるが、実際には金融危機の火種は残ったまま、とも言えるのではないか。最大のリスクは、社債、証券化商品の中で信用力が低い高リスク資産の上昇し過ぎた価格の調整が未だ終わってないことだ。その調整は、3月以降の主要中央銀行による積極的な対応によって解消されたのではなく、単に先送りされたのではないか。

金融資産に誤った価格が付いた場合(ミスプライシング)、中央銀行のよる資産買入れなどの政策は価格の調整を一時的に止める、あるいはそのスピードを緩やかにすることはできても、調整自体をなくすことはできない。

さらに、中央銀行の積極策によって、調整が先送りされただけでなく、経済ファンダメンタルズに照らした適正価格と実際の価格との乖離が一段と拡大した場合には、そうした政策は、将来の金融市場の調整をより大きくすることになる。

将来の金融危機が経済の二番底の原因にも

コロナ問題による経済の悪化と金融危機とが重なって生じることを防いだ、という点で主要中央銀行による積極的な対応は評価できる。しかし、金融市場の調整を先送りしただけでなく、より大きな調整に発展するリスクを高めた可能性もあり、現時点では評価を下すのは未だ早いだろう。

ところで、以上で指摘した高リスク資産の価格調整は、それらが発行され、そして主に購入された欧米市場のリスクという側面が強い。日本を含め、その他の地域では、同様な金融不安あるいは危機が生じることはないだろう。

そうした高リスク資産を大量に購入したのは、投資信託、ヘッジファンド、ETFといった欧米のノンバンクであり、そうした金融機関が、将来の危機の主体となり得る。また、その背後には、米国の個人投資家のマネーもある。高リスク資産の調整、それらを保有するノンバンクからの資金流出やそれらの経営不振などは、企業の資金調達に大きな支障を与えることで、実体経済にも大きな打撃となるだろう。コロナ感染第二波よりも、こうした形で生じる金融市場の大きな混乱こそが、経済の二番底を作るのではないか。ただしそれが生じる時期は不明であり、向こう数か月かもしれないし、また数年程度先かもしれない。

ドルの調達は日本のアキレス腱

ところで、欧米を中心とする金融の大きな混乱が将来生じた際に、日本の金融機関、あるいは実体経済にとって最大のリスクは、ドル調達の困難化である。それは邦銀のドル建て負債にデフォルト(返済不能)を生じさせるだけでなく、実体経済にも深刻な打撃となる。輸入のドル建て比率が2019年上期で67.9%と高い日本では、銀行がドルの調達が難しくなると、輸入業者がドルでの輸入代金の支払いができなくなり、輸入が一時的に停止してしまうためだ。

原材料の輸入が滞れば、生産活動が大きな打撃を受ける。これが、リーマンショック時に生じたことである。それがゆえに、金融危機の震源地ではなかった日本の経済が、主要国の中で最も悪化した背景だ。ドルの調達は、日本のアキレス腱なのである。

FRBが世界に大量のドルを供給

金融市場の緊張が高まると、米国を除く世界中の金融機関は、いわば世界の通貨であるドルの確保に一気に動く。そのため、多くの銀行がドルを調達することに支障が生じるのである。実際、コロナショックで金融市場が動揺した今年3月には、日本を中心に主要国・地域でドルの調達コストが急騰した。

日本は、既に述べたような高リスク性資産を起点とする金融危機・不安の震源地とはならないが、それが欧米市場で生じれば、ドルの調達に最も支障が生じやすい国なのである。

そこで、コロナショックで金融市場が動揺すると、日本銀行は直ぐに邦銀のドル調達支援に注力した。ただし、実際には、米連邦準備制度理事会(FRB)が海外の中央銀行を通じて、大量のドルを世界に供給したことによって邦銀のドル調達が助けられた、という側面の方が強い。FRBは、事実上の基軸通貨であるドルを世界に供給する、「世界の中央銀行」の役割を果たしたのである。この点は、高く評価されるべきだろう。

ドルオペの利用額は日本銀行がコントロールする

金融市場の安定回復と共に、一時強まっていたドル需要は世界で薄れ、FRBによる海外中央銀行へのドル供給額も減っていった。7月9日時点で、他の中央銀行との通貨スワップ協定に基づくドル供給残高は、5月下旬のピークから66%も減った。供給先を見ると、日本銀行がFRBのドル供給残高全体の73%を占めている。これは、ドルの調達が最も困難となったのが、邦銀であったことを意味していよう。

中央銀行間の通貨スワップ協定のもとで、邦銀は日本銀行が実施するドル供給オペを通じFRBからドルを調達できる。それは、為替スワップ市場などで調達するよりも通常はかなり良い条件、つまり低い金利である。

しかし、このドル供給オペは、ドルの調達に支障が生じた銀行に緊急的にドルを供給する、いわゆる「バックストップ」の措置なのである。そこで、銀行が恒常的にこの制度を利用しないように、日本銀行は常に目を光らせてきた。このドル供給オペを使って、邦銀がドルをどの程度調達できるのかは、日本銀行の裁量によって決まる部分が実は大きい。FRBが日本に対して最も多くのドルを供給したのは、日本銀行がそのようにリードしたためでもある。

将来の危機への対応のため、現在の危機対応を解消へ

しかし、危機時はともかく、事態が落ち着いてもなお邦銀がこの制度を利用して好条件でドルを調達できることを許せば、それはモラルハザードを生んでしまうだろう。

前述のように、欧米市場を起点に金融危機・不安が生じ、ドルの調達が世界で困難となる事態も再び起こり得る。それに備えて邦銀は、より安定したドルの調達手段を拡充するよう、努めておく必要がある。日本銀行が銀行に対して、ドル供給オペに安易に依存したドルの調達をいつまでも許していては、それは、安定したドル調達に向けた邦銀の取組みをむしろ妨げてしまい、ドル調達の困難化を生じさせる日本の潜在的な金融市場あるいは経済のリスクを、いつまでたっても軽減できないことになる。

今後は、日本銀行はドル供給オペの利用を絞っていき、次の危機に備えて、邦銀がより安定したドルの調達構造に移行できるよう、一層促すことが重要となる。将来の危機への対応のため、現在の危機対応を解消していくのである。

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