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米国に『財政の崖』発生のリスク

2020/07/20

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「財政の崖」回避が財政赤字をさらに拡大させる

感染の再拡大によって、米国での経済活動の再開には逆風が強まっている。そうした中、経済の落ち込みが短期間で収束することを前提に実施された政府による各種の経済対策が順次期限を迎え、それが経済に追加的な悪影響を及ぼしてしまう、いわゆる「財政の崖」の発生が懸念されている。

一方で、「財政の崖」を回避するには、追加の経済対策を実施することが必要だが、それは財政赤字を一段と拡大させるというジレンマもある。6月の米国連邦政府の財政収支は、8,641億ドルの赤字を記録した。これは前年同月比の実に100倍程度にまで達しており、単月で2019年度1年間の赤字額9,844億ドルに迫る水準だ。

新型コロナ問題を受けた過去3回の経済対策は、合計で3兆ドル近くの規模に達している。その中で、中小企業に対する資金支援策である「給与保護プログラム(PPP)」の申請は6月末に期限を迎えたが、申請期限は12月末までとりあえず延長された。しかし、総額6,600億ドルのうち1,300億ドル程度は利用されずに残っており、制度を存続させるかどうかの是非が今後議論されよう。

一方、航空会社向けの250億ドルの雇用維持策は、9月末で期限が切れる。10月以降は大量の人員削減がなされる可能性が高まっており、これも「財政の崖」の一種である。

失業給付増額措置が就業意欲を低下させている

現在、最も対応を急ぐ必要があるのが、7月末に期限を迎える失業給付の増額措置である。これは、3月の経済対策に含まれたもので、失業給付が週600ドル上積みされている。この措置が失効すれば、個人消費に打撃となり、まさに「財政の崖」が生じてしまう。6月の失業者数は1,775万人だが、この措置が失効することで、失業給付は毎月456億ドル程度、年率換算で5,470億ドル程度減少する計算だ。これは年間個人所得額の2.9%にも相当する規模であり、それが失効する影響はかなり大きい。

しかし、この失業給付の増額措置の期限切れ後の対応については、民主党と共和党の意見が大きく割れており、延長されないまま失効してしまう可能性も相応にある。

この制度の最大の問題は、失業給付額が大きくなったことで、就業時よりも収入が増えた失業者が多く発生していることだ。シカゴ大学の試算によると、追加給付の受給者の実に68%が、失業前の就業時よりも所得が多くなったという。これが、失業者が再び就業する意欲を低下させてしまっているのである。

労働者保護を重視する民主党は、増額措置の延長を主張している。一方、トランプ政権と共和党は、給付撤廃や給付額の大幅削減を主張している。また、就業すればボーナスを与え、再就職のインセンティブを高める制度の導入を提唱する共和党議員もいる。

与野党間の合意はより難しく

失業給付の増額措置が7月末で失効すれば、「財政の崖」が生じてしまうことから、その影響を打ち消す狙いから、4回目の本格的な経済対策の議論が高まっている。トランプ政権は、景気に対する即効性を欠くインフラ投資の拡大策には否定的であり、雇用対策、個人の所得支援策に議論は収斂してきている。

トランプ大統領は、3月の経済対策で実施した、個人に対する給付を再度実施することを検討している。また、以前から求めている給与税の減税を実施する考えを示している。しかし民主党はこれに強く反対している一方、共和党内でも十分な支持を得ていない。給与税は公的医療保険など社会保障の財源となっていることから、その減税を行えば、社会保障制度が財源不足に陥ってしまう可能性がある。

米国経済の環境は依然として厳しいが、それでもコロナ問題が生じた当初と比べれば、危機感は薄れており、これが、「財政の崖」の回避、追加経済対策の早期実施に対する機運を削いでいる面がある。その結果、過去3回の経済対策と比べて、与野党間での合意はより成立しにくくなっている。既に視野に入ってきた11月の大統領選挙も、与野党間での合意を難しくする要因である。

トランプ政権は、7月中に2兆円規模に達する可能性がある経済対策第4弾の成立を目指している。しかし以上のような事情から、それが実現するかは不確実だ。「財政の崖」が発生するリスクが相応に高まっている。

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