フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 景気回復局面で財政健全化をしっかりと進めることの重要性

景気回復局面で財政健全化をしっかりと進めることの重要性

2020/08/05

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

プライマリー・バランスの黒字化は見通せなくなった

7月31日に内閣府は、「中長期の経済財政に関する試算(2020年7月)」を公表した。コロナショックが日本で本格的に生じる前の今年1月時点での試算を見直したものだ。当然のことながら、コロナショックによる経済の悪化と財政支出の大幅拡大を受けて、先行きの財政見通しは急速に悪化している。

政府はプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を2025年度までに黒字化するという目標を掲げてきたが、成長実現ケースというかなり楽観的な経済見通しを前提とした場合でも、目標年となる2025年度のプライマリー・バランスは7.3兆円の赤字、名目GDP比で-1.1%となる。黒字化が達成されるのは、2029年度だ。1月時点での成長実現ケースでは、黒字化達成の時期は2027年度であったことから、達成時期は今回2年先送りされた。

しかし、この成長実現ケースは実質2%程度、名目3%程度のGDP成長が先行き続くことを前提としており、およそ現実的ではない。年間ベースでの名目3%台の成長は、90年代のバブル崩壊以降、我々は一度も経験したことがない。

実質、名目ともに1%台半ば程度の平均成長率を前提とするベースラインケースのもとでは、2029年度のプライマリー・バランスは名目GDP比で-1.7%の赤字が続き、黒字化の達成は全く見通せなくなる。ただし、過去7年間の成長率の平均は実質1.0%程度、名目1.6%程度であったことを踏まえれば、このベースラインケースの前提も楽観的過ぎよう。内閣府及び日本銀行の潜在成長率の推計値は、いずれも1%を下回っている。コロナショックを受けて、潜在成長率やインフレ率のトレンドが一段と下振れた可能性も十分にあるだろう。

こうした点から、2025年度のプライマリー・バランス黒字化どころか、現在の経済環境や政策の延長線上では、将来にわたってプライマリー・バランス黒字化の達成は見通せないのが現状だ。

黒字化目標は一時的に棚上げ

ところが政府は、全く形骸化してしまったこの2025年度のプライマリー・バランス黒字化目標を、なお維持する考えを明らかにしている。歳出改革を進めれば達成は可能、と説明しているのである。

当事者自身も、流石にそれが達成可能だとは思っていないはずだ。しかし、コロナショック後の経済情勢がまだ見えず、また、さらなる追加財政出動を迫られる可能性も残されている。現時点で新たな目標値を定めると、そうした政策も制約を受けてしまう。全く形骸化してしまった2025年度のプライマリー・バランス黒字化目標を現時点で修正しないのは、コロナ対応のために財政健全化方針を一時的に棚上げしていることの表れと言えるではないか。

これは、2%の物価目標の達成を一時的に棚上げしている日本銀行の政策姿勢ともちょうど重なる。コロナショックを受けて日本銀行は、当面の金融政策運営を2%の物価目標の達成と切り離す方針を示唆している。

事態が落ち着けば、政府はプライマリー・バランス黒字化目標を正式に見直すだろう。国際公約にまで位置付けられた2020年度の黒字化目標を、以前に2025年度へと先送りしたように、次は2030年度まで再び先送りを決める可能性があるだろう。

景気回復の追い風の下で財政健全化を進める必要

このように、黒字化目標が達成できずに繰り返し先送りされつつもなお、抜本的な財政健全化策がとられてこなかった背景には、景気回復局面では、緩やかにプライマリー・バランスの改善が見られてきたことがあるだろう。目標達成はできなくても、財政環境が改善していれば許されるといった甘えが政府にあったのではないか。

2010年度にプライマリー・バランスのGDP比率は-6.3%であったが、2018年度には確かに-1.9%にまで改善していた。しかしこれは、世界経済の回復に助けられた部分が大きいのである。

そしてひとたび景気情勢が悪化すれば、今回のように、そうした緩やかな改善は一気に吹き飛んでしまう。今回の内閣府の見通しでは、2020年度の実質GDP成長率が-4.5%となることを前提に、2020年度のプライマリー・バランスのGDP比率は-12.8%まで悪化した。実際はもっと悪化するだろう。

今回、景気悪化の引き金となったのは予見できなかったコロナ問題ではあったが、仮にそうした突発的な出来事が生じなくても、近年では10年に一度程度の頻度で、世界経済は後退局面に陥ってきたのである。

こうした点を踏まえれば、経済が回復過程にある局面では、緩やかなプライマリー・バランスの改善に甘んじることなく、積極的に財政健全化を進めるべきであった。そうしなければ、景気後退の発生と共に、10年程度をかけたプライマリー・バランスの改善分は一瞬にして失われてしまうのである。

政府には、この教訓を是非とも今後に生かし、景気後退時の財政環境の急激な悪化の可能性を織り込んだ上で、財政健全化の推進に努めてほしい。

コロナ対策でも財源の確保を

コロナショックへの対応では、企業と雇用の支援を中心に、なお追加の財政支出が必要だろう。当然のことながら、必要な対策は講じなければならないのである。しかし、それを安易に国債発行で賄うことは問題がある。中長期的な財政環境の悪化を一段と進めないために、そして将来へと負担を転嫁しないためには、近い将来の増収策と言う形で財源をしっかりと確保した上で、財政面での必要な対策を果敢に講じるべきではないか。

形骸化したプライマリー・バランス黒字化目標を維持し、その目標を棚上げすることが、野放図な国債発行の拡大を許してしまうことがないように、国民もしっかりと目を光らせておく必要があるだろう。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn