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人民元国際化推進の秘策は何か

2020/08/26

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中国はSWIFTを通じた米国の介入を強く警戒

新型コロナウイルス問題発生の後に一層激化した米中間の対立は、香港問題をいわば触媒にして、貿易から金融分野へとその主戦場を移している。

米国議会が成立させた香港自治法に基づいて、米国政府は、香港の自治を損ねた中国本土、香港の要人の米国資産を凍結する、取引のある銀行を制裁対象にする、等の措置を決めた。それ以上に中国政府を強く刺激したのは、米国政府内で、香港の銀行のドルの調達を制限することが一時検討された、との報道がなされたことだ。米ドルにペッグ(連動)する香港ドルを発行する香港上海銀行(HSBC)などがドルの調達を制限されれば、香港の米ドルペッグ制度、カレンシーボード制度の信頼性が揺らぐ可能性がある。

香港の銀行のドルの調達を制限する具体的な手段については、明らかにされなかったが、米国政府が事実上支配下に置いている、ドル建てを中心とした国際金融送金の大半を担う国際銀行間通信協会(SWIFT)に介入して、香港の銀行の活動を制限する可能性が考えられた。

この点は、中国政府の危機感をかなり高めたのではないか。SWIFTから対象国の銀行を外すことで、その国と海外との貿易を遮断することは、米国がテロ指定国への経済制裁の実効性を高めるためにとる常とう手段である。米国が、SWIFTへの介入を通じて、将来、中国企業のドル建て決済(送金)を制限するリスクを、従来以上に中国政府は意識したことだろう。

貿易での高いドル建て決済比率は中国にとってアキレス腱

国際通貨基金(IMF)の「2019 External Sector Report」によると、中国の輸入に占めるドル建て決済の比率は92.8%と、主要国中では最高水準にある。これは、米国との対抗上、中国にとっていわばアキレス腱である。SWIFTを通じたドル建ての貿易決済ができなくなれば、中国の貿易活動は壊滅的な被害を受けることが必至だからだ。

実際には、そうした措置は国際社会の理解を得られないことに加えて、米国経済、世界経済にとっても甚大な打撃となるため、米国が近い将来そうした措置を講じるとは考えにくい。

しかしそれは、米国政府が、中国が保有する米国財務省証券を無効にするといった措置と並んで可能性は低いものの、実施されれば甚大な被害をもたらす、いわばテールリスクとして無視できない。また米国側にとっては、これらはいわば最終兵器とも言えるだろう。

2015年に成立した米国の大統領貿易促進権限(TPA)法では、為替操作国と認定された国に対して、「貿易戦や金融戦を仕掛ける」権限が米国政府に付与された、との解釈もある。この法律に基づけば、米大統領の判断で、テロ指定国でなくても中国を為替操作国と認定すれば、中国の銀行を米国の経済・金融市場や、SWIFTから締め出すことが可能となる可能性がある。

そこで、中国政府としては、生き残りをかけて、こうした事態に備えておくことが必要となる。その手段が、人民元の国際化の推進だ。国際的な資金決済の多くが人民元建てで行われるようになれば、中国の貿易決済などの国際資金決済は、米国からの介入を受けることはなくなる。それを通じて米国の国際金融覇権から逃れることが、中国経済のさらなる成長にとっては必要となっているのだ。

中国は独自の国際銀行送金システムCIPSを作った

中国人民銀行(中央銀行)が8月14日に発表した「2020年人民元国際化報告」では、人民元の国際決済での使用が伸びていることが指摘されている。昨年、銀行が顧客に代わって行った人民元による国境を越えた受け払い額は、19.67兆元(約300兆円)で、前年水準を24.1%上回った。また貿易企業に対するアンケート調査によると、為替リスクを回避する目的などで、貿易決済を人民元建てにすることを望む声が比較的大きく高まったという。

2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)後に、中国は国際決済での人民元利用を拡大させる、人民元の国際化の加速を強く目指した。その際には、国際金融センターの香港で、人民元による貿易代金決済と金融取引の拡大を図ったのである。また、2015年に人民元がIMFの特別引出権(SDR)通貨バスケットに人民元が新たに加えられたことが、国際化をさらに後押しした。

米国の国際金融覇権に対抗するため、中国は、人民元の国際化を進めるのと並行して、米国の介入を受けない、人民元建ての独自の国際銀行決済システムを構築していった。それが、2015年に中国が作った国際銀行間システム(CIPS)である。日本経済新聞によると、今年7月末時点で97か国・地域の金融機関が参加している。中国を含めてアジアの金融機関が、全体の7割を占めている。

しかし、IMFによると、加盟国の外貨準備に占める人民元の比率は1.95%、また、国際決済に占める人民元の比率は4.3%である。国際決済で人民元建て比率を高め、それをSWIFTではなくCIPSを通じて実施することで、米国の影響力から脱するという中国政府の取組みは、まだまだ緒に就いたばかりである。また、CIPSの決済額は、2019年に1日当たり1,357億元(194億ドル)だが、これは、SWIFTの1日当たりの決済額である5~6兆ドルと比べてまだかなり小さい。

中国は経済圏と並行して通貨圏の形成に動くか

人民元の国際化を阻んでいるのは、資本規制の存在だろう。それが、国際通貨としての人民元の信頼性向上の障害になっている。しかし、資本規制を廃止すれば、国境を越えた資金の出入りが為替市場や国内金融市場、そして金融システムを大きく混乱させてしまう怖れがある、というジレンマに中国は直面しているのである。

人民元の国際的な信用力を高めることを通じて、その海外での利用拡大を促し、国際化を地道に進めていくという戦略では、米国の国際金融覇権を突き崩すまでに相当の時間がかかってしまう。そこで中国は、ドルと「同じ土俵で戦わない」形で、人民元の国際的な利用の拡大を目指すのではないか。

IT関連を中心に、中国製品が米国やその他の先進国の市場から次第に締め出される中、中国経済が成長を維持していくためには、新たな輸出先、新たなグローバル・バリューチェーンを構築していくことが必要になる。そのベースとなるのは、「一帯一路国」である。さらに、アジア、東欧、アフリカの国々を経済圏に取り込んでいく可能性があるだろう。

そして、その経済圏で半ば強制的に人民元を貿易決済に利用させることで、経済圏と人民元通貨圏の構築を一体で進めることが可能となるのではないか。

CIPSとデジタル人民元が米国金融覇権への挑戦の柱に

こうした通貨圏が形成されれば、CIPSが域内での国際決済の中核を担うことになるだろう。また、人民元を無制限に作り出すことができる中国人民銀行が、域内での人民元供給に重要な役割を果たすのではないか。

トルコ中央銀行は、2019年に中国人民銀行との間で二国間通貨スワップ協定を締結した。さらに今年6月には、同銀行を通じて中国からの輸入商品代金を支払ったすべての企業が、人民元で決済したことを発表している。通信大手トルコテレコムも、中国からの輸入商品代金を人民元で支払うとする声明を出した。これは、将来の中国経済圏内での人民元決済の姿を先取りしているのかもしれない。

このように、新たな経済圏・貿易圏の形成と一体となって、人民元の海外での利用を促し、CIPSが人民元決済を担っていくというのが、比較的短期間で中国が米国の国際金融覇権を脱することができる、現実的な選択のように思える。

そして、人民元の国際化を進め、米国の国際金融覇権を脱するための重要な手段と中国が位置付けるのは、銀行システムから離れてブロックチェーン上で取引される「デジタル人民元」なのではないか。CIPSとデジタル人民元の2つが、中国が米国金融覇権に挑戦していくうえで2つの重要な柱となる。

(参考資料)
「中国版決済網 参加広がる」、日本経済新聞、2020年8月25日

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