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菅氏の消費税率引き上げ発言の真意は

2020/09/11

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菅氏が消費税率の引き上げが必要と発言

自民党新総裁の就任がほぼ確実視されている菅官房長官は、10日のテレビ東京の番組内で、将来的には消費税率を引き上げざるを得ない、と発言し、大きな反響を呼んだ。

安倍現首相は、2019年7月の日本記者クラブでの討論会で、同年10月に消費税率を8%から10%に引き上げた後には、「10年間は、消費増税は必要ない」との考えを示していた。

菅氏は安倍政権の政策を継承することを強く掲げて、総裁選挙に臨んでいる。消費税率の引き上げを巡るこの菅氏の発言は、安倍首相の見解とは大きく異なるように聞こえ、多くの人には意外感を持って受け止められたのである。

同番組内で菅氏は、「行政改革は徹底して行ったうえで、国民にお願いして、引き上げざるを得ない」とその考えを明らかにした。他方で、「少子高齢化や人口減少は避けることはできない」とし、少子高齢化で収支が悪化する社会保障の財源として、消費税率の引き上げが必要である、との考えを説明したのである。

行政改革は徹底して行ったうえで消費税率引き上げ

社会保障の財源の一つとして、消費税収は重要である。幅広い世代が負担する消費税は、社会保障制度を支える負担が現役世代に偏らないようにする、という観点からも、社会保障の財源としての適性があるだろう。この点から、消費税率引き上げを巡る菅氏の見解は正論だろう。

しかし、「行政改革は徹底して行ったうえで、国民に(消費税率引き上げを)お願い」との意見には違和感がある。行政がまず身を切ってから国民に消費税率引き上げをお願いする、というのは以前より良く用いられてきた論法だが、本来は、必要な政策は条件なしで実行すべきである。消費税率引き上げは、財政の健全化、社会保障制度の安定維持の観点から必要であることを、国民に丁寧に説明することが最も重要なことではないか。そもそも、空前の財政悪化の原因は、歳出膨張よりも歳入不足にある。

菅氏の発言を受けて、同じく自民党総裁選に出馬する石破茂元幹事長は、「社会保障の安定的な財源である消費税率の引き上げは、社会保障をどのように改革するかということをセットで論じなければ、バランスを欠く」、との主旨の発言をしている。これもまた正論であろう。

翌日には発言を事実上修正

ところが、菅氏は翌11日の閣議後の記者会見で、この消費税率の引き上げ発言について、「安倍晋三首相は今後10年上げる必要がないと発言した。私も同じ考えだ」と述べた。前日の発言は、「あくまで将来的な話としてお答えした」と語ったのである。これは、事実上の発言の軌道修正である。安倍政権の政策の継承を掲げていながら、安倍首相と異なる政策を主張するのはまずい、と考えたのだろう。

また、野党そして与党内からは、消費税率引き下げの意見が出ている。新党・立憲民主党の枝野代表は、消費税率引き下げが消費喚起に有効だと指摘し、与党に対して時限的な「消費税ゼロ」を働き掛けることも選択肢とする、と説明している。

こうした環境の下で消費税率引き上げを強く主張することは、政府内、国会内で大きな反発を呼ぶことは必至である。そのような事態にも配慮して、菅氏は発言を事実上修正したのだろう。

消費税率引き下げの議論を牽制する意図か

推測ではあるが、菅氏が唐突に消費税率引き上げの議論を打ち出したのは、コロナショック以降高まっている、消費税率引き下げの議論を牽制する意図があったのではないか。あるいは牽制したいとする意識が、底流にあったのではないか。先行きは少子高齢化のさらなる進展、そのもとでの社会保障制度の収支悪化が避けられない状況下で、一時的な景気対策の観点に基づく消費税率引き下げは現実的ではない、というのが、菅氏が最も言いたかったことではなかったか。

実際、菅氏が自民党総裁、そして首相となれば、消費税率引き下げの意見と対峙していかねばならなくなる。

先般、菅氏が示した政策綱領の中には、財政健全化という方針が含まれていなかった。安倍政権は少なくとも形式的には掲げてきたこの方針が外れたことは、名実ともに財政健全化が後退することを意味する可能性があり、大いに懸念されるところだ(コラム「自民党総裁選に向けた菅氏の6つの政策綱領を検証」、2020年9月7日)。ただし、社会保障制度の安定性維持には、菅氏は関心を持っており、そのために、さらなる消費税率引き上げが必要だと考えているのだろう。

ただし、長期政権とならない限り、菅政権の下で消費税率引き上げが実現する可能性は低い。

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