米大統領第1回テレビ討論会:選挙後の混乱への懸念強まる
政策論争よりも激しい個人攻撃の応酬に
日本時間の9月30日午前10時から90分間、米大統領候補者による第1回目のテレビ討論会が開かれた。共和党トランプ大統領と民主党バイデン前副大統領による議論は、政策論争と言うよりも、互いに激しい個人攻撃の応酬となった。トランプ大統領はバイデン氏に「極左」、「社会主義者」のレッテルを貼ろうとし、バイデン氏はトランプ大統領に「白人至上主義者」の印象を与える戦略をとった。
米国の有権者がこの討論の結果をどう受け止めたかは未だ明らかではないが、候補者間で大きく優劣が付いた印象はない。ただし、トランプ大統領の激しい攻撃にバイデン氏がやり込められる、との見方も事前にはあったものの、実際には、バイデン氏が一方的に押された感じではなかったと思う。
討論は「最高裁判所判事指名」、「新型コロナウイルス対策」、「人種と暴力」、「経済政策」、「トランプ氏とバイデン氏の実績」、「選挙の正当性」の6つのテーマで行われた。各テーマに応じ、それぞれの候補が2分間の説明をするルールとなっていたが、実際には、相手の発言に割り込む姿勢が両候補に見られた。特に、その傾向はトランプ大統領がより顕著であった。この点については、米国民の心証を悪くした面があったように思うが、ある意味最も毅然とした態度を印象付けたのは、司会者のFOXニュースの司会者だった。
トランプ大統領に厳しい質問をする司会者に対して、トランプ大統領は、司会者と激しく議論する場面も多く見られた。トランプ大統領は、司会者とバイデン氏に向かって話したのに対して、バイデン氏は、時にカメラ目線で国民に語りかけた。そうした場面が見られたのは、新型コロナウイルス問題と投票についてである。
バイデン氏は、国民に対して投票を強く呼びかけ、その国民の判断を受け入れるという姿勢を強調した。これは、視聴者、有権者に好意的に受け止められた可能性があるのではないか。
直前に浮上したトランプ大統領の納税問題
討論の中で議論された内容については、特に目新しいものはなかったが、注目しておく必要があったのは、トランプ大統領の納税問題と、不正投票の問題の2点だろう。
トランプ大統領に批判的な米ニューヨーク・タイムズ紙は27日、テレビ討論会のタイミングに合わせるかのように、トランプ大統領の連邦所得納税について報じた。それによれば、2016年に納税した連邦所得税はわずか750ドル(約8万円)であり、また、過去15年間のうちの10年で、所得税をまったく納めていないことが明らかになったという。それは、トランプ一族の所有企業が損失を計上することで避税行為を行っていたためだとしている。
一方トランプ大統領は、このニューヨーク・タイムズ紙の報道を「フェイクニュース」と一蹴していた。テレビ討論会の中で、司会者はこの問題を敢えて取り上げた。司会者は、報道を否定するトランプ大統領に具体的な納税額を繰り返し尋ねたが、トランプ大統領は「数百万ドル納税した」と曖昧な回答に終始した。その結果、この疑惑は一層強まった感がある。他方でバイデン氏は、討論会の直前に自らの納税申告書を公表し、この問題でトランプ大統領を攻撃することに備えていたのである。
選挙後の混乱は避けられないか
討論会の最後のテーマは「選挙の正当性」であった。トランプ大統領は、投票用紙の破棄と2重投票(郵便投票と投票所投票)の2点で不正が行われるリスクは大きいとしたが、引き続きその根拠は示さなかった。バイデン氏は、南北戦争の頃から郵便投票は行われており、今まで問題がなかったのに、なぜ今回だけ問題とするのか、とトランプ大統領に問いただした。
感染リスクにより敏感な民主党支持者は、郵便投票を行う割合が高いことが、トランプ大統領の主張の背景にある(コラム「米大統領選挙後に未曽有の混乱リスク」、2020年9月28日)。また、司会者は、郵便投票が不正の温床であると考えるならば、なぜその投票方式を事前に変えなかったのか、既に投票用紙は配られている、とトランプ大統領に問うた。
さらに司会者は、郵便投票の開票に時間がかかることで、投票結果の確定までに時間がかかることを前提に、その間、冷静を維持できるかと両候補に質問した。これは、バイデン氏に有利となる郵便投票の開票が進まない速報段階でトランプ大統領に有利な結果が出る場合、トランプ大統領がフライングで勝利宣言を出すことを想定した質問だ。
トランプ大統領は、今回のテレビ討論会の数時間前に支持者向けに、討論に勝利したとのメールを送っている。この点などを踏まえると、大統領選挙直後にもフライングで勝利宣言を出す可能性が、十分に考えられる。
さらに、テレビ討論会でも、選挙結果は「最高裁の判断に委ねる」可能性をトランプ大統領は、示唆している。自身が選挙に敗れた場合には、選挙の不正を最高裁に訴える可能性がある。それに備えて、新たに指名した保守派の判事の上院での承認を急ぐだろう。
金融市場と菅新政権への影響
今回のテレビ討論会に対する金融市場の反応は大きくなかったが、直後にはダウ平均株価先物、日経平均は下落し、ドルは幾分低下した。その背景には、大統領選挙の結果が直ぐに確定せずに、米国に大きな混乱が生じるリスクを、今回のテレビ討論会で改めて確認したからではないか。選挙後の政治・社会的な混乱は、円高、株安など、日本の金融市場にも悪影響を与えることになるだろう。
ところで、トランプ大統領が再選される場合には、同盟国である日本に対しても、貿易問題や基地問題でさらなる要求をしてくる可能性が考えられる。安倍前首相は、他国に厳しい上に予想外の行動が多いトランプ大統領と何とか付き合ってきた感じであるが、外交経験に乏しい菅首相が、トランプ大統領を交渉相手とすることは容易ではないだろう。
10月7日には副大統領候補者のテレビ討論会が行われ、その後10月15日と10月22日に第2回、第3回の大統領候補者のテレビ討論会が実施される。