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自民党が中銀デジタル通貨の早期導入を求める

2020/10/06

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自民党が日本銀行の中銀デジタル通貨発行を提言

甘利税制調査会長が座長を務める自民党の新国際秩序創造戦略本部は、経済安全保障に関する国家戦略の確立に向けて、「中間取りまとめ」を策定した。年内にも提言をまとめ、政府に提出する方針だ。

中国を念頭に、「デジタル監視型・国家資本主義型の新たな国際秩序が伸長しつつある」と懸念を示し、「わが国としての経済安保戦略の策定が必要だ」と強調している。またこの観点から、「経済安全保障一括推進法(仮称)」の制定を政府に求めている。

さらに、この「中間取りまとめ」には、日本銀行が中銀デジタル通貨の発行に向けて、米欧と協調して「所要の法改正に係る整理」をする、という提案も含まれている。中国がデジタル人民元の発行に向けた準備を進めており、これが、経済安全保障上の脅威になる、との認識が背景にある(コラム「次第に明らかになるデジタル人民元の実相」、2020年8月27日)。

中銀デジタル通貨発行の是非は日本銀行が決められない

ここでいう「所要の法改正」とは、日本銀行法の改正を意味しているのだろう。銀行券については、日本銀行法で以下のように定められている。

第四十六条 日本銀行は、銀行券を発行する。
第四十七条 日本銀行券の種類は、政令で定める。
2 日本銀行券の様式は、財務大臣が定め、これを公示する。

日本銀行券を発行するのは日本銀行であるが、その様式を定めるのは財務大臣である。日本銀行法に中銀デジタル通貨の発行に関する規定を新たに加える法改正が、「中間取りまとめ」では想定されていると見られる。

日本銀行法の改正を決めるのは国会であることから、そこで中銀デジタル通貨の発行が決まれば、日本銀行はそれを拒むことはできない。発行の主体である日本銀行に、発行の是非を決める権限はないのである。

日本銀行は、中銀デジタル通貨に関しては慎重な姿勢を続けてきており、現在でもそれは変わらないと見られる。しかし、国会あるいは政府内で発行に向けた議論が高まれば、発行の準備を進めなければならなくなる。日本銀行が欧州中央銀行(ECB)など5中銀と、中銀デジタル通貨の共同研究を始めたことや、行内に「デジタル通貨グループ」を設置したことなどは、そうした事態に備えてのことだろう。

日本銀行法改正を恐れる日本銀行

ところで日本銀行が、中銀デジタル通貨に関して慎重である理由の一つは、それが日本銀行法の改正を伴う可能性が高いためであろう。

日本銀行法が改正されることになれば、中銀デジタル通貨に関係する条項以外でも、この機会に改正を検討しようという議論が国会で高まりやすくなる。政府に総裁の解任権を認めるなど、日本銀行の金融政策決定の独立性を制限する方向での日本銀行法改正となることを、日本銀行は強く警戒しているのである。

デジタル人民元は日本の安全保障上の脅威

自民党の新国際秩序創造戦略本部は、中国のデジタル人民元発行が、日本の経済安全保障上の脅威になると考えている。詳細な考えは明らかではないが、デジタル人民元の利用が日本人の間で広まった場合、個人の購入履歴などが中国に流出することを警戒している可能性があるだろう。しかし、多くの日本人が、デジタル人民元を用いて日本で買い物をする、あるいは中国から製品を輸入することは考えにくい。

他方、中国がデジタル人民元を発行する大きな狙いは、海外で人民元の決済を拡大させる人民元国際化の起爆剤とすることにあると考えられる。それは、米国の金融覇権への挑戦だ。

デジタル人民元発行を通じて将来的に人民元の国際化が進めば、ドルの存在感が低下する可能性がある。その過程で生じるドル安は、日本経済やドル建て資産を多く保有する日本の金融機関に打撃となろう。さらに、米国の金融覇権が揺らげば、それは、安全保障上の米国の地位が中国に対して低下することにつながりかねない(コラム「SWIFTと米国の金融覇権に挑戦するデジタル人民元」、2020年2月6日)。そうした事態は、日本の安全保障政策の観点からも、看過できないことだろう。

中銀デジタル通貨発行に慎重な米財務省

しかし、日本が中銀デジタル通貨を発行したところで、こうした事態を回避することにはほとんど役に立たないだろう。米国が自ら中銀デジタル通貨を発行する、あるいは「リブラ」のような民間デジタル通貨でドル建てのものを広く世界で流通することを認めれば、デジタル人民元の利用を強く抑えることはできるかもしれない。

しかし米国の当局、特に財務省は、それに慎重である。グローバルに広まるデジタル通貨は、マネーロンダリング(資金洗浄)などに使われやすいことに加えて、現在の銀行国際送金によって支えられている米国の金融覇権を自ら崩してしまうためである。

中銀デジタル通貨発行で各国が協調するのは難しい

従って、日本が、米欧と協調して中銀デジタル通貨の発行を進めるといっても、日本の提案に欧米諸国が直接応じることはないだろう。通貨は国家主権に関わる問題であり、その是非は自国で決めることが求められる。

ECBは10月2日に、中央銀行デジタル通貨「デジタルユーロ」に関する報告書(Report on a digital euro)を公表した。この報告書に基づいて今後意見を公募し、それを踏まえECBは、2021年半ばにかけてデジタルユーロを発行するか否かの方針を示す予定だ。

中銀デジタル通貨で各国間が強く協調できるのは、各国でその発行が決まって以降のことであり、発行の是非はあくまでも各国の事情で決まるものだ。

日本の中銀デジタル通貨発行の是非はキャッシュレス化推進の観点で

筆者は、日本でも中銀デジタル通貨発行の是非は議論すべきだと考えるが、それは、経済安全保障の観点からではない。他国に大きく後れを取っている日本のキャッシュレス化を進めることに貢献するのであれば、中銀デジタル通貨の発行は検討に値すると考える。

コロナ問題で、現金利用の衛生面からの問題に、人々の関心が向けられている。さらに、不正送金問題やシステム障害等を受けて、民間業者が提供するデジタル通貨やスマホ決済に対して、国民の間で警戒心が生じている面があるかもしれない。その中では、信用力の高い中銀デジタル通貨の発行が、キャッシュレス化を推進する可能性は比較的高いだろう。

中銀デジタル通貨の発行を通じたキャッシュレス化の推進は、経済の効率を直接的に高め、またデジタル化社会への国民の適応を助けることにもつながる可能性がある。

こうした観点に基づいて、中銀デジタル通貨の発行の是非について、ECBに続いて日本銀行も、国民的議論を主導する役割を是非担って欲しいところだ。

(参考資料)
「経済安保推進法制定を=国家戦略確立へ中間まとめ―自民、政府に年内提言へ」、時事通信ニュース、2020年9月27日
「デジタル通貨へ法改正準備を 自民が中間とりまとめ」、日本経済新聞電子版、2020年10月5日

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