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デジタルユーロ発行に向けECBが報告書を公表

2020/10/08

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2021年半ばにかけてデジタルユーロ発行の方針を示す

欧州中央銀行(ECB)は10月2日に、中央銀行デジタル通貨「デジタルユーロ」に関する報告書(Report on a digital euro)を公表した。この報告書に基づいて、12日から意見を公募する。その結果を踏まえECBは、2021年半ばにかけて、デジタルユーロを発行するか否かの方針を示す予定だ。

意見を公募するのは、デジタルユーロのニーズを把握する、また設計上のヒントを得ることに加えて、発行の是非の判断を世論に委ねる、という意味合いもあるのだろう。国民投票を実施する訳ではないが、デジタルユーロの発行は、単なる通貨の種類を増やすという技術的な側面にとどまらず、国民の生活スタイルなどにも大きな影響を与え得る重要なイベントである、とECBは考えていることの表れだろう。

報告書は、デジタルユーロの利点や課題など論点を整理したものであり、具体的な計画を示したものではない。デジタルユーロの利点については、「変化する利用者の要望を反映した最先端の決済サービスを提供できる」などと説明されている。さらに、デジタルユーロの安全性や効率性の確保、プライバシー保護などの課題への対応の必要性が強調されている。

デジタルユーロが必要となる背景と弊害への対応

報告書の中では、デジタルユーロについて、市民が現金を利用しなくなる、域外のデジタル通貨が域内で使われるようになる、その他の決済手段が利用できなくなったりする、といったシナリオの下では役に立つ可能性があると指摘されている。デジタルユーロが現金を一気にとって代わることは想定されておらず、少なくとも当初は、危機時にも対応できる代替的手段とすることが想定されている。

また、デジタルユーロが民間銀行の預金を代替することで、貸出、決済などの銀行業務に悪影響を与えることにも配慮されている。そこで報告書では、デジタルユーロの預金量はおそらく制限され、銀行預金に対して有利にならないよう、中銀当座預金の金利を一部適用するなど、金利を付すことも検討されている。

企業・個人は銀行を通じてデジタルユーロを入手か

さらに報告書では、ECBだけでなく民間銀行もデジタルユーロ預金を提供することが望ましいとの考えを示した。これは、銀行以外の企業や個人は、中央銀行にデジタルユーロ預金を持ち、そこからデジタルユーロを直接入手するのではなく、銀行に通常の預金口座と共にデジタルユーロ預金を持ち、そこからデジタルユーロを入手するという仕組みを意味しているのだろう。

中国の中銀デジタル通貨「デジタル人民元」も、個人は中央銀行ではなく民間銀行などからデジタルユーロを入手する方式を採用する予定だ。この方式は、現金と同じである。我々は中央銀行に口座を持ち、そこを通じて現金を入手するのではなく、民間銀行に預金口座を持って、そこからATMなどを通じて現金を引き出して利用している。

仮に中国人民銀行とECBがともに、個人や企業は民間銀行を通じてデジタルユーロを入手する仕組みとするのであれば、それが今後の中銀デジタル通貨制度の標準になっていく可能性があるのではないか。

「リブラ」と「デジタル人民元」への対抗

ECBがデジタルユーロの発行を検討する背景には、フェイスブックが主導する「リブラ」と中国の中銀デジタル通貨「デジタル人民元」の構想がある。それらが欧州地域で流通し、国際的な決済が活発になると、国境を越えたマネーロンダリング(資金洗浄)に利用される可能性がある。また、それらのデジタル通貨が、現金や銀行預金を代替することで、中央銀行の金融政策や民間銀行の業務に支障を生じさせる惧れが生じる。デジタルユーロ構想は、こうした民間あるいは海外中央銀行のデジタル通貨に対して優位に立つデジタル通貨をECBが自ら発行し、それらのデジタル通貨を牽制する狙いがある。

欧州委員会は民間デジタル通貨の規制案を公表

9月24日には、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が、民間デジタル通貨の規制案を公表した。金融政策や通貨発行におけるユーロ圏の主権を守るために、域内のデジタル通貨の発行を厳しく規制するものだ。その骨子は以下のようなものだ。

  • デジタル通貨の発行体は、EU内に拠点を置くように求める
  • デジタル通貨発行に際しては、事前に計画書をEUに提出し、発行の承認を得ることを義務づける
  • 特にリスクの高い複数通貨を裏付けとするデジタル通貨(グローバル・ステーブルコイン)は欧州銀行監督局(EBA)が直接監督する
  • 単一の通貨を裏付けとするデジタル通貨は、ユーロなどEUの法定通貨と1対1で連動させ、EBAと各国の金融当局が共同で監督する
  • EBAなどには調査や立ち入り検査の権限を持たせ、違反があれば罰金を科せるようにする
  • 発行体には、デジタル通貨の発行額の全額または一部にあたる裏付け資産を準備金として積むように義務づける
  • 準備金は安全性の高い預金などでEUが承認した金融機関に預けるようにし、利用者の求めに応じて法定通貨との交換を義務付ける

デジタル通貨に対して2段構えの対応

これらは、域内でのデジタル通貨の発行体に対して、銀行と同様の厳しい規制を課すものだ。こうした法規制は、デジタル通貨、特に国境を越えて用いられる「グローバル・ステーブルコイン」に対して、他国でも同様に制定されていくのではないか。

EU域内の通貨主権、金融政策、銀行業務を脅かす存在となり得るデジタル通貨に対して、こうした法規制を制定すると共に、それらを迎え撃つ存在としてデジタルユーロの発行が検討されているのである。いわば2段構えの措置が検討されていると言えるだろう。

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