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アント上場延期とフィンテック企業への統制強化を強める中国

2020/11/13

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中国市場に対する世界の信頼性を大きく損ねた突然のアント上場延期

11月5日に予定されていたアリババ集団傘下の金融会社アント・グループの香港と上海市場での上場は、直前の3日になって突如延期される異例の事態となった。その背景について詳細は明らかではないが、中国当局とアリババ、アントの間には、引き続き強い緊張関係があるという国内事情を世界に露呈する結果となったことは確かだろう。また、直前の上場延期は、中国市場に対する世界の信頼性を大きく傷つけることになったが、それよりも当局が国内事情を優先したことは、やや驚きである。

アントは両取引所から上場の承認を受け、投資家の募集も終えていた。資金調達額は、2019年に上場したサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコを上回り、史上最大になる見通しだった。

11月2日に中国証券監督管理委員会は、アントの実質的な経営権を握るジャック・マー(馬)氏とアントの幹部を聴取した。ロイター通信によると、この場で、アントのネット融資事業を当局が厳しく監視する方針が伝えられたという。

アントは、決済事業のアリペイで広く知られているが、それ以外にも融資(与信)、資産運用、保険など、金融業務を幅広く展開している。特に融資業務は、ビジネスの起点となった決済事業を上回る規模にまで成長している。それを支えるのは、AIを用いた独自の信用リスク計測システムである。

当局の怒りを買ったジャック・マー氏

11月2日に聴取を行った直後に、当局は、ネット小口融資の新規制案を公表した。そして翌日3日に、上場延期が発表されたのである。

4日に証券監督管理委員会は、「金融監督・規制に重大な変化があった状況下で、アントの性急な上場を回避した。投資家と市場に対して責任あるやり方だ」との声明を発表した。これに呼応するように、中国人民銀行も「市場の健全な長期的発展と投資家の利益保護に関わる判断だ」と述べ、延期の判断の正当性を強調している。

アントの業務に関連する規制の強化、という新たな環境変化が直前に生じたため、それを反映していない段階で決まったIPO(新規公開)、上場が予定通り実施されることは、市場の公平性に反し、投資家の利益を損ねる恐れがある、というのが上場延期の公式の説明だ。しかし、そうした説明を額面通りに受け取る向きは少ないだろう。

ジャック・マー氏が10月24日の講演で、金融規制を時代遅れなものと批判し当局の怒りを買ったことが、上場延期のきっかけになったとの見方が多い。10月下旬に開かれた中国共産党の重要会議、第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)で、このジャック・マー氏の発言が問題視され、それが今回の事態につながったとの見方もある。

デジタル人民元の狙いの一つは銀行業の支援

ただし、ジャック・マー氏の発言に反発した政府・共産党が、その威信を示すために、世界の投資家を敵に回して上場延期を断行した、との説明だけでは表層的な解釈なのではないか。きっかけはそうであっても、今回の当局の強硬な対応の底流には、規制が十分に及ばない環境の下で、既存の金融業務を侵食し躍進を続けてきたフィンテック企業の力を抑え込み、伝統的な金融業を支援したい、という当局の方針があるのではないか。

重要産業である金融業で、監視の目が必ずしも行き届かない民間フィンテック企業が大きく躍進することを、当局が快く思っていないことは確かである。

中国人民銀行が準備を進めるデジタル人民元の発行も、その狙いの一つは、アリペイ、ウィーチャットペイといった民間の非銀行決済業者が席巻しているデジタル決済分野で、銀行の影響力を回復させる狙いがあると見られる(コラム「次第に明らかになるデジタル人民元の実相」、2020年8月27日)。

フィンテック企業をプラットフォーマーへ

フィンテック企業に対する規制を強化することで、フィンテック企業を銀行など金融業へと近づけていくのが、当局の狙いの一つではないか。その場合、フィンテック企業が生み出すイノベーションが、規制強化によって弱められてしまい、結局、金融業全体の繁栄にも逆風となってしまう可能性もあるだろう。

この点を回避するために、フィンテック企業が生み出すイノベーションを、伝統的な金融業も利用できるような仕組みにしていくことが重要だ。アリペイがビッグデータを用いたAI信用判定を行い、それに基づいて銀行が貸出をすることなど、これは既に広まっている。この場合、フィンテック企業は、プラットフォームを広く金融機関に提供する、プラットフォーマーの役割を担っていくことになる。

ただし、プラットフォーマーとして十分に利益を上げられるような環境となるよう、当局も配慮しなければならない。それができなければ、やはり金融業でのイノベーションは弱まり、利用者の利便性の低下にもつながってしまうだろう。

今回のアントの上場延期では、やや強権的な形で表れたが、アリペイなどフィンテック企業に対する当局の規制強化、統制強化は、このような難しさを抱えており、本来は、丁寧かつ慎重な対応が必要とされるだろう。

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