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中小企業の構造改革を促す3つの柱

2020/11/20

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この先求められる中小企業対策とは

コロナ問題で大きな打撃を受けた小売・飲食・宿泊などの中小企業を、政府は給付金・助成金制度で支援してきた。しかし、この先は、すべての企業が現在の経営環境を維持することを支援するタイプの施策から、コロナ問題を契機に、中小企業の生産性を向上させるなど、構造改革を進める施策へと比重を移していくことが求められる。現在政府内で議論されている3次補正予算は、まさにそうした過渡期にあたるのではないか。

中小企業の構造改革は、3つの側面から進めることが重要だ。第1が、業態転換、第2がM&A、第3がITなどを通じた個々の企業の生産性向上である。

第1の業態転換については、2020年度3次補正予算、2021年度本予算に新たな施策が盛り込まれる可能性が出てきた。経済産業省は、将来を見据え中小企業の業態転換を促す考えを示しており、新たな補助金や融資、資本性資金の提供といった支援策を検討している。

コロナ問題が落ち着いても、小売・飲食・宿泊などの中小企業では、売り上げが元の水準に戻らない企業が多く出てくるはずだ。感染リスクを回避する行動が定着し、個人の消費行動が構造的に変化するためだ。さらに、事態が落ち着きを取り戻す中で、企業の競争力の優劣はより鮮明になってくるだろう。その際に、競争力を失ったことが明らかになった企業は、業態転換を通じた事業の立て直しの検討を迫られる。

進み始めた業態転換の取組み

業態転換の動きは既に見られている。例えば、利用者の減ったホテルは、客室をテレワーク用に改装している。外食産業では、収入減を補うために宅配や持ち帰りサービスを強化している。ワタミは、2022年3月までに主力の居酒屋全360店のうち約120店を焼肉店に切り替える。居酒屋を展開するチムニーは2020年度内に72店を閉める一方、約40店を焼肉店や食堂に切り替える。

個人消費の構造変化に合わせて企業の業態転換が円滑に進めば、失業増加などの社会的損失の発生を抑えることができる。それと同時に、生産性を向上させることも期待できるだろう。そうした取り組みを政府が支援することは、中小企業の構造改革を前進させるものだ。

給付金・助成金制度ですべての企業を支援する今までの政策から、このようなターゲットを絞った支援策へと、徐々に予算配分の比重を変えていくことが重要だ。

後継者不足・不在対策ともなるM&Aの促進策

第2のM&Aは、2つの点から重要である。まず、コロナ問題で大きな打撃を受けた業種で、M&Aを通じて事業が維持され、また経営の効率化などが進められるだろう。そのことは、中小企業全体、ひいては日本経済の効率化につながる。

さらに、企業経営者が高齢化する中、優良企業が後継者不足・不在で廃業することを回避するためにも、M&Aは重要な手段である。廃業する中小企業は、その生産性水準は平均よりも高いことから、優良企業が後継者不足・不在で廃業することをM&Aなどを通じて防げば、中小企業全体の生産性向上につながる(コラム「廃業する中小企業には優良企業が少なくない」、2020年11月4日)。

政府・与党は、中小企業のM&Aを促進する「経営資源集約化税制」で、統合後の企業による設備投資や雇用確保についても税制面で支援する検討を始めた。

投資額に応じた法人税の減税などを想定しており、その対象として(1)自社でもともと持っていた技術と、買収先の企業が持つ技術を組み合わせて新製品を製造する際の設備投資、(2)原材料の仕入れや販売の管理に使う共通のシステム導入、などが検討されているという。

また雇用支援では、合併によって得た新たな販路を維持するためのスタッフ確保に関し、費用の一部を控除する案などが検討されているという。

この他に、回収見込みのない売掛金をはじめとした簿外債務がM&A後に生じるケースがあるため、中小企業が将来の支出や損失に備えて準備金を積み立てた場合に、損金算入を認める制度も検討されているという。

中小企業もIT活用で生産性向上

第3のITなどを通じた個々の企業の生産性向上策については、中小企業の経営環境の改善策を官民で話し合う「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」で議論されている。11月18日の会合では、中小企業への支援策を取りまとめる方針で一致しており、収益向上が見込める業態への転換やデジタル化の促進など柱とした施策が、3次補正予算案に盛り込まれる可能性が出てきた。

また、国の中小企業政策の中核的な実施機関である独立行政法人・中小企業基盤整備機構は、中小企業へのIT導入の支援を強化している。昨年には、ビジネス用アプリの検索サイト「ここからアプリ」を立ち上げた。さまざま業種や利用目的から、企業の目的に合った顧客管理・受発注、会計、製造業向けの生産管理、飲食店向けの顧客・予約管理などのアプリを検索、比較検討することができる。

中小企業の構造改革は菅政権の政策手腕の大きな見せ所

コロナショックで大きな打撃を受けた中小企業に対して、政府は給付金、助成金で、基本的にはすべてを支援するという政策を今まで講じてきた。これは、初期の対策としては適切なものだ。

しかし、消費行動が構造的に変わる中、業態転換やM&Aなどを通じて、産業構造の変化を先取りする中小企業構造改革を政府が支援するという政策が次第に必要になってくる。今後は、後者の政策の比重を徐々に高めていくことが重要であり、それこそが、コロナショックを逆手にとって中小企業、そして日本経済全体が生産性を高め、個々人の生活がより豊かになる道である。

局面の変化を適切に判断しながら、そのように政策の比重を変えていくことは非常に難しいことだが、菅政権にとっては政策手腕の大きな見せ所となるのではないか。

(参考資料)
「中小M&Aに設備投資減税/統合促進、雇用も後押し/政府・与党検討」、建設工業新聞、2020年11月19日
「中小企業振興/多様なメニューで中小企業の課題解決を後押し/IT化を全面支援/コロナ対策、ウェブ相談も/IT導入支援」、中部経済新聞、2020年10月16日
「中小の業態転換支援=菅首相、3次補正に反映指示―官民会議」、官公庁情報(時事通信)、2020年11月18日
「居酒屋の業態転換200店超 今年度、中小50社 店舗の3%」、日経速報ニュースアーカイブ、2020年11月8日

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