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後期高齢者の医療費自己負担増で世論はニ分

2020/12/01

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現役世代の負担がさらに増加へ

政府は、75歳以上の後期高齢者の医療費の窓口負担を、現行の原則1割から一部2割へと引き上げる具体策を、今年12月末までにまとめる。政府の全世代型社会保障検討会議が昨年まとめた中間報告では、「一定所得以上の人については医療費の窓口負担割合を2割とし、それ以外は1割とする」との方針が明記された。しかし、基準となる所得の水準については、決定が先送りされていた。

団塊の世代が75歳になり始め、現役世代の保険料負担がさらに重くなる2022年度初頭までに、医療保険制度の改革を実施しておくことが必要だ。75歳以上の後期高齢者医療制度の財源は、公費が5割、現役世代が負担する保険料「後期高齢者支援金」が4割、高齢者の自己負担が1割である。75歳以上でも現役並みの所得がある人は3割負担であるが、それは全体の7%程度で、1割負担が9割以上を占めている。

高齢化の進展で医療費が膨らみ、この支援金が健保財政を圧迫しているのである。後期高齢者の数が増え医療費が増えていけば、その傾向は一層強まり、現役世代の負担は高まる。

厚生労働省は高齢者自己負担で5つの案を提示

後期高齢者の医療費の自己負担を2割に引き上げる対象となる所得水準について、厚生労働省は介護保険の2割負担と同様に、75歳以上の中で所得が上位20%の人を対象とする案から、上位44%とする案まで、5つの案を示している。この5つの案の中から選ぶ形で、今後は議論が進められるだろう。

このうち、対象範囲が最大となる上位44%を2割負担とした場合、2025年度の支援金は3,100億円から1,800億円に抑制される計算だ。1人当たりの保険料では年間最大で1,800円程度抑制される計算となる。他方で、制度改革をしなかった場合には、2020年度に6兆8千億円だった支援金は、2025年度には8兆2千億円にまで跳ね上がる。

この問題を巡って、省庁内では、高齢者の負担を抑えたいとする厚生労働省と、可能な限り広範囲な高齢者に自己負担の増加を求める財務省との意見が対立している。11月24日に開かれた全世代型社会保障検討会議で、民間議員からは厚生労働省が示した5案のうち、対象範囲が最も広い年収155万円以上(単身)で後期高齢者全体の44%を支持する声が相次いだ。世代間の公平を図り若年層の不安を軽減することが重要だ、等の意見からである。

これは、政府の見解を概ね代弁するものではないか。麻生太郎副総理兼財務相も、「できるだけ幅広く2割負担をお願いする必要がある」と語っている。

世論は大きく割れている

会議に参加した健康保険組合連合会(健保連)は、「低所得者に配慮しつつ原則2割負担にすべきだ」とより踏み込んだ主張をした。他方、日本医師会は、幅広い負担増加に強く反対している。新型コロナ禍の受診控えが加速しかねない、との懸念が示されたのである。

この問題で、世論の動向はどうだろうか。日本世論調査会による「社会保障」全国郵送世論調査(今年8月~10月)によると、医療、年金などの現行制度に関して「安心できない」、「あまり安心できない」と感じる人が83%に上った。医療保険のサービスの水準を維持する方策としては、増税、窓口負担や保険料の引き上げとの回答が合計で67%だった。

ただし、75歳以上の高齢者のうち、一定の所得がある人を対象に医療費の窓口負担を1割から2割に引き上げる今回の政府方針については、賛成が52%で反対は47%と拮抗している。年代別で見ると、30代は賛成60%、反対39%だったのに対し、70歳以上では賛成46%、反対53%と、高齢者層での否定的な意見が目立つ。

多くの人は先行きの社会保障制度に不安を抱えており、制度の安定性を高めるために、医療費の自己負担増加などの改革を支持している。しかし、高齢者の医療費自己負担増加についての意見は、分かれているのである。

こうした中、1年のうちに実施される衆院選挙への影響を懸念して、できるだけ自己負担増加の範囲を狭めるべきとの意見が、公明党や自民党からも出されている。

また、コロナ問題を受け、医療ひっ迫や感染への警戒から、受診を控える動きが高齢者を中心に広がっている。自己負担増加によってこうした動きがさらに強まり、健康が害されることは避けねばならない。改革ではこうした点への配慮も欠かせないだろう。

能力に応じた負担が重要で今後は資産額も配慮すべき

しかし、団塊の世代の後期高齢者入りなど、医療保険制度改革は人口動態の変化を踏まえ、より長期の視点に立って進めることが必要だ。75歳以上の後期高齢者の自己負担増加を巡る改革は、より幅広い自己負担増加を、高齢者の負担能力に応じて求める方向で、この先議論が進んでいくだろう。これは、妥当な方向性である。

全世代型社会保障検討会議で菅首相は、「すべての世代が安心できる制度を構築し、次の世代に引き継ぐことがわれわれの責任だ」とし、「少しでも多くの方々に支える側として活躍してもらい、能力に応じた負担をいただくことが必要だ」と述べている。

確かに、高齢者に支払い能力に応じて負担増加を求めていくことは、ますます重要となる。ただしその際に、所得基準だけでなく、資産額の基準も考慮に入れていくことが必要となるのではないか。所得基準だけでは、高齢者の支払い能力から大きく乖離していることも少なくないだろう。

高齢者医療保険制度に限らず、社会保障制度改革全体でも、今後は資産額も考慮に入れた受給者の負担増加は、重要な論点となっていくのではないか。

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