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日銀ETF買入れ10年と将来の処理スキームの展望

2020/12/14

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世界的に異例でいわば禁じ手

日本銀行がETFの買入れを始めてから、12月15日で10年が経過する。日本銀行が保有するETFの残高は、簿価で35兆円にまで膨らんだ。

中央銀行が金融政策の一環として株式を買入れることは、世界的に見て異例の策であり、ある種禁じ手でもある。ところがこの政策は、導入当初の予想に反して10年も続き、現在でもいつ終わるのか目途も全く立たない状況にある。

ETFの買入れは、日本銀行法第四十三条で示される特例措置の位置づけで、日本銀行が単独で決定できる通常の政策ではなく、財務大臣及び内閣総理大臣の認可が必要な特別な政策だ。そうした例外中の例外の政策が、いつのまにか常態化してしまっているのが現状だ。主要国では、中央銀行が金融政策手段として株式を購入しているのは、日本だけだ。

ETF買入れの目的は変化した

10年前に日本銀行がETFを買入れた際には、「リスクプレミアムの正常化」が目的とされた。リーマンショック後の金融市場の混乱を受けて、中央銀行が証券市場に直接資金を注入することで証券市場の機能を正常化させ、企業の資金調達などを助ける目的だった。これは米国でも実施された信用緩和策の一環と言えるだろう。

ところが、2013年4月の「量的・質的金融緩和」でETFの買入れ継続を決めた際に、日本銀行はその目的を、「リスクプレミアムに働きかける」と説明を変えた。株式市場の正常化ではなく、株価を押し上げることを狙った政策へと大きく転じたのである。この時点で、より禁じ手としての色彩は強まった。

株価の下落局面で日本銀行がETFを買入れるこの枠組みは、株価のボラティリティを低下させたと見られる一方、株価の押し上げに貢献したかどうかは不明である。一方で、以下の大きな問題点、副作用を生じさせるものだ。

①中央銀行が特定企業を利することになり、金融政策の中立性の観点から問題
②市場での日本銀行のプレゼンスの拡大が、市場を歪め、流動性の低下などの問題を引き起こす
③日本銀行の財務悪化をもたらし、それは日本銀行の独立性低下につながり得る

コロナショックによる金融市場の動揺を受けて、日本銀行は今年3月にはETFの年間買入れペースを6兆円から当面12兆円と増額する措置を発表した。しかし、実際にはほとんど買入れを増加させていない。これは、ETFの買入れに伴う上記の問題点、副作用を日本銀行が今では十分に認識していることの表れだろう。

バランスシートにあるETFは爆弾のよう

国債のように償還のない株式は、売却しなければ日本銀行のバランスシートに永遠に残る。そのため、ひとたび株価が大幅に下落すれば、日本銀行の財務を悪化させ、債務超過を生じさせるリスクもある。

このように、バランスシートにETFを残しておくことは、日本銀行にとっては爆弾を抱えているようなものだ。そのため、いずれバランスシートから外したいとする意向は強く持っているはずだ。

ETFのオフバランス化には、政府の協力が必要となるのではないか。政府の協力を仰げば、日本銀行の失策の後処理を政府に依頼することになり、それは日本銀行の独立性低下などにつながるだろう。日本銀行は、既にその覚悟を固めているのではないか。もはやそうした覚悟ができているのであれば、急いでETFを日本銀行のバランスシートから外す必要はない。

日本銀行の将来の正常化策の中では、ETFの処理は、マイナス金利の解除、国債保有残高の削減の次の3番目になると思われる。以下では、将来の日本銀行のETF処理のスキームについて検討してみよう。

緩やかにETFを売却していくと150年かかる

第1のETF処理のスキームは、日本銀行が株式市場への悪影響を抑えるため、かなり緩やかなペースでETFの売却を進めることだ。この際に参考になるのが、2015年12月に決定し2016年4月から開始された、日本銀行が以前に銀行から買入れた、いわゆる銀行保有株の売却時の措置である。

日本銀行の銀行保有株の売却については、「日本銀行業務方法書」の中で、「処分時期の分散に配慮すること等により、当銀行の株式処分により株式市場に与える影響を極力回避すること」が求められている。この方針に基づいて、日本銀行は10年間、一定ペースで株式を売却することを決めた。その売却規模は、2015年11月末時点の時価総額で計算すると、年間約3,000億円ペースと見込まれた。これが、当時日本銀行が想定した、株式市場に与える悪影響を極力回避した株式売却ペースであったと考えられる。そのうえでさらに、市場への影響を打ち消す観点から、日本銀行は、同額の年間3,000億円の枠で、新たに「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を対象とするETFの買入れを決めた。

仮に現在時価で45兆円程度に達したと見られるETFを、日本銀行が年間約3,000億円規模で売却する場合には、売却完了までに実に150年の長い歳月を要する計算となってしまう。その場合、想像できないくらい長期間にわたって、日本銀行は財務に与えるリスクが大きいETFを抱え続けなければならないことになるのである。

それを避けようとすれば、株式市場に与えるより大きな影響、あるいは株価下落時に株価に悪影響を与えたとの批判を受けることを覚悟して、日本銀行が示唆した一種の基準である年間3,000億円を上回るペースでETFの売却を進めなければならなくなる。

政府と損失の穴埋めで取り決めをする第2のスキーム

次に考えられる第2のスキームは、ETFを保有し続けるなか、株価が下落して日本銀行が経常赤字に陥る、あるいは債務超過に陥る場合には、政府から損失補てんを受ける取り決めを予めしておくことである。

ただしこのスキームが採用される場合には、恐らくETFから生じる損失だけに適用されるものではなく、円高による日本銀行保有の外貨建て資産の減額や、付利金利引き上げ時の利子所得収支(いわゆるシニョレッジ(通貨発行益))悪化に伴う経常赤字や債務超過の発生への対応を含んだ、より包括的な政府補てんの枠組みとなるだろう。

しかしこうした形で、政府に補てんを求めることは、1998年の日本銀行法改正の目的に全く反してしまうことになる。法改正によって日本銀行は、自らの責任で財務の健全性を維持することと引き換えに、独立性が強化されたためである。仮に政府がこのようなスキームを受け入れた場合には、金融政策の失敗によって政府補てんという国民の負担を生じさせた責任を日本銀行に強く問うとともに、日本銀行の独立性を制限する方向で、日本銀行法のさらなる改正が国会で議論される可能性がかなり高まろう。これは、日本銀行にとっては是非とも避けたい展開である。

EFTのオフバランス化で政府に協力を求める第3のスキーム

第3の選択肢は、ETFを市場で直接売却することなしに日本銀行のバランスシートから外すスキームである。ただし、日本銀行が市場を通さずに特定の民間機関にETFを売却できるかどうかは、法的に不確実であり、少なくとも現在のETF買入れの基本要綱を修正する必要がある。そのうえで、仮にそれが可能であっても、日本銀行からETFを買い取った民間機関が直ぐにそれを売却することが可能な場合には、日本銀行が株式市場に直接売るのと違いがなくなる。他方で、日本銀行から買い取ったETFを売却しないように日本銀行が民間機関に強制することは法的に難しいだろう。

従って、日本銀行が買入れたETFを、株式市場を通さずに売却したうえで、それが直ぐに株式市場に流通しないような仕組みを作るには、政府の協力が必要となるだろう。

「銀行等保有株式取得機構」がモデルか

その際に参考となるのは、2002年に設立された「銀行等保有株式取得機構」ではないか。この組織は、「銀行等の株式等の保有の制限等に関する法律」に基づく認可法人として設立され、その目的は以下のように同法律(第5条)で定められている。

「銀行等による対象株式等の処分及び銀行等と相互にその発行する株式を保有する銀行等以外の会社による当該銀行等の株式の処分が短期間かつ大量に行われることにより、対象株式等の価格の著しい変動を通じて信用秩序の維持に重大な支障が生ずることがないようにするため、銀行等の保有する対象株式等の買取り等の業務を行うことにより、銀行等による対象株式等の処分等の円滑を図ることを目的とする」

つまり、銀行等が持ち合い株解消のため、短期間で大量に保有株式の売却を市場で行うと、株式市場に悪影響を及ぼし、銀行経営を不安定化させる可能性があることから、それを回避するための受け皿としての役割を担っているのが、この銀行等保有株式取得機構である。株式を銀行等から市場を通さずに買取り、十分な時間を費やして市場に売却していくことを主な業務としている。

設立時の拠出金は107億円で大手銀行、地方銀行、農林中央金庫、信金中央金庫が拠出した。2002年2月から買い取りを始め、当初、銀行の保有持ち合い株や企業が保有する銀行株を買い取っていたが、後にETFやJ-REIT等へと買い取り対象が広げられた。

買い取り資金は、政府保証付きでの銀行からの借り入れや、銀行等保有株式取得機構債の発行で調達する。買い取った株式を市場に売却して損失が出た場合には拠出金で穴埋めするが、拠出金を超える損失が出ると公的資金で穴埋めすることになる。

新たな枠組みの概要

銀行等保有株式取得機構は民間銀行とその株式持ち合い先の企業を対象とする枠組みであることから、当然のことながら日本銀行がここにETFを持ち込むことはできない。しかし、それをモデルにして新たな機関を新たに作ることはできるだろう。

日本銀行が拠出し、政府保証付きでの銀行からの借り入れや、同機関の債券発行で資金を調達したうえで、その債券と交換で日本銀行からETFを買い取り、それを相応の時間をかけて処分していく。処分の過程で拠出金を超える損失が生じた場合には、公的資金で穴埋めすることになるだろう。実際にはそれを回避するため、損失を生じさせるようなETFの売却はなされないだろう。株価が低迷すれば、同機関が日本銀行から買い取ったETFは、長期間塩漬けとなるのである。

既に見たETF買入れの基本要綱では、日本銀行がETFを売却する際には「指数連動型上場投資信託受益権等の市場等の情勢を勘案し、適正な対価によるものとする」と定められている。これは、日本銀行が新たな組織にETFを持ち込む際に、時価で売却することを求めるものである。時価が簿価を相応に下回った時点で売却すれば、日本銀行に損失が発生してしまうため、この枠組みは株価水準が高いうちに始めることが求められる。

しかし、基本要綱では、そもそもETFを売却する際には、信託銀行を通じて市場で売却することが求められていることから、基本要綱を改正して、市場を通さないで新たな機関に簿価で売却できるようなルールを新たに作ることになるのだろう。

第3のスキームが現実的か

この第3のスキームにおいても、第2のスキームと同様に、日本銀行は自らの失策の後始末を政府に要請することになるという、基本的な構図は変わらない。しかし第2のスキームと比較すれば、政府による救済という印象が少なくとも表面的にはより和らげられ、また公的資金を直接投入するリスクを回避することは、より容易となるだろう。そのため、日本銀行にとってのいわば政治的リスクはより小さくなろう。

他方、第1のスキームのもとでは、日本銀行が保有するETFの売却を相応のペースで進める過程で、株式市場が調整する場合には、理由は別にあっても日本銀行のETF売却が原因とする批判が高まりやすいという大きな政治的リスクも覚悟しなければならない。

こうした点を総合的に考えれば、日本銀行が消去法的に第3のスキームを選択していくのが現実的ではないか。それでも日本銀行が政府あるいは国民からの批判を受けることは避けられず、またそれが日本銀行法の改正を通じた独立性の制限につながっていく可能性も残される。

既に大量のETFの買入れを進めてしまった結果、日本銀行が無傷で正常化を進めることなどは、もはや考えられないのである。

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