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一気に加速する中国プラットフォーマーへの統制強化

2020/12/23

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巨大ネット企業の独占的行為を規制

スマートフォン決済のアリペイを提供するアリババ(阿里巴巴集団)傘下の金融会社アント・グループは、2020年11月に香港と上海に上場し4兆円規模の資金調達を実施する予定だった。しかし、その直前に当局によって上場延期に追い込まれる、というまさに異例の事態となった。

これは、金融分野などへもビジネスを急拡大させてきた中国プラットフォーマーに対して、当局が統制を強化させ始めた象徴的な事件だ。実際、これを契機に、規制強化の動きが一気に加速したのである。

上場延期の決定から僅か数日後には、巨大ネット企業の独占的な行為を規制する新たな指針の草案が公表された。巨大ネット企業が競争を大きく阻害する市場支配力を手にし、また消費者データを悪用して消費者の権利を侵害しているとの懸念を理由に、当局は監視・規制の強化に乗り出したのである。

EC(電子商取引)市場で圧倒的なシェアを握るアリババは、その市場支配力で中小・零細企業を破綻に追い込み、また優越的な立場を利用して、取引先に対して不当な圧力をかける行為が長年問題視されており、この新たな指針は、主にアリババが念頭に置いたものと考えられる。

また中国政府は、スマートフォンのアプリを通じた個人情報の収集を規制する方針を打ち出している(注1) 。情報収集の際には必ず利用者の同意を得たうえで、決められた項目以外は集めてはならないとしている。多くのアプリは既に情報収集に関して利用者の同意を求めているが、国営通信の新華社は「必要範囲を超えて情報を集める問題があり、漏えいや乱用のリスクがある」として、こうした新たな規制を設けることの意義を強調している。

「先放後管」、「後出しじゃんけん」の独占禁止法適用

中国では2008年に独占禁止法が施行されたが、今まではアリババのような巨大ネット企業、プラットフォーマーは、この独占禁止法の対象からは事実上外されてきた感がある。高いイノベーションを持つ新たな産業を育てる観点から、当局は、当初はそうした企業、産業を放任しておき、法的にグレーな部分も黙認するが、独占などの問題が浮上してから管理・規制の強化に乗り出すという「先放後管」は、中国政府の常とう手段なのだ。これは一種の「後出しじゃんけん」とも言えるだろう。

政府の経済政策運営上、2021年の重点課題の一つであるのが「独占禁止と資本の無秩序な拡大防止」だ。「資本の無秩序な拡大防止」という表現には、習近平国家主席下での「国進民退(国営企業が躍進し、民営企業が後退する現象)」の流れをさらに進めるという中国政府の意志と、民間企業に勝手なことはもはや許さない、という強い決意が感じられる。

アリババ子会社などが違反で罰金

このような政府の新たな方針を世間に知らしめる事件が直ぐに起きた。中国の独占禁止法の執行機関である国家市場監督管理総局(市場監管総局)は、2020年12月14日に、巨大ネット企業のアリババ、テンセント(騰訊)、そして物流大手の順豊集団のそれぞれの子会社が独占禁止法に違反したとして、3社に対して50万元(約794万円)の罰金を科したことを発表したのである。

中国の独占禁止法は、M&Aに伴う事業者集中の審査のために、企業が事前届け出を行うことが必要であることを明記している。しかしネット産業では、今まで多くのM&Aが行われる中でも事前届け出を行った例はなく(注2)、中国のネット業界ではそれが暗黙の約束となっていた。当局はそれを取り締まってこなかった。そうした暗黙の約束が突如反故にされたのである。またアリババについては、2014年から17年にかけて実施された過去のM&Aへの処分だ。まさに「後出しじゃんけん」である。

今回、M&A自体は独占禁止法に違反するとは当局は判断せず、それを撤回することは求めていない。また罰金も少額であり、当局の政策方針の転換を世間に知らしめるアナウンスメント効果を狙った措置、と言えるだろう。

ジャック・マーはアント・グループの一部の国への譲渡を提案

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、2020年11月に中国アリババ・グループ創業者のジャック・マー(馬雲)氏は、同グループ傘下の金融会社アント・グループの一部を政府に譲渡する提案をしていたことが分かった、と12月に報じた(注3)。この発言は、政府が決めたアント・グループの上場延期を翻意させるため、いわば交換条件としてジャック・マー氏が提案したものと見られる。また、政府がアリババ・グループへの規制強化を強める中、政府との関係改善を図り、自社を守る狙いがあったのではないか。

ジャック・マー氏は規制当局との会議で、「国が必要とするのであれば、アントから好きなプラットフォームを取っていい」と述べたという。しかしこの提案は結局受け入れられず、アント・グループの上場延期が決まった。さらに、その後は既述のように、巨大ネット企業に対する当局の規制強化は急速に強まっていったのである。

アント・グループの上場延期を最終的に判断したのは、習近平国家主席との見方が強い。習近平国家主席は「国進民退」の流れを推し進めてきたが、米国との対立が強まるもとでは、民営企業に対しても国家統制を強めていくことで、国が一丸となって米国に対抗する姿勢を強めているのだ。

世界に名を轟かせたアント・グループなどプラットフォーマーの事業が分割され、一部が国の所有となっていくことも、これからは決して非現実的な話ではなくなったのである。しかし、そうした政策姿勢は、中国の爆発的成長の原動力となってきたイノベーションを大きく損ねてしまうリスクがあるのではないか。



(注1)「中国、個人情報の収集規制 巨大ネット企業を警戒」、中国新聞セレクト、2020年12月5日
(注2)「中国当局、アリババなど3社に独禁法違反で罰金/ネット企業のグレーな買収合併への監督強化」、東洋経済オンライン、2020年12月22日
(注3)”Jack Ma Makes Ant Offer to Placate Chinese Regulators”, Wall Street Journal, December 21, 2020

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