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拡大を続けるデジタル人民元発行に向けた実証実験

2020/12/25

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蘇州でのネットの利用とオフライン決済

中国では、他の主要国に先駆けて、各地で次々とデジタル人民元の実証実験が行われている。2020年10月(12日~19日)には広東省の深圳で、デジタル人民元を初めて市民に広く配布する大規模な社会実験が行われた。これは、デジタル人民元の紅包(ご祝儀)実験とも呼ばれ、当選した5万人の市内在住の住民に対して、1件あたり200元(約3,000円)、総額1,000万元(約1億5,000万円)が配られた。1週間の実施期間中に、深圳市羅湖区内のスーパーや飲食店、ガソリンスタンドなど、約3,400店舗でデジタル人民元が利用された。最終的には6万2,788件の決済が行われたという。

それからわずか2か月後の12月(11日~27日)には、江蘇省蘇州市で市民ら10万人を対象にしたより大規模な実証実験が実施された。深圳と同様に、抽選に当選した市民には一人当たり200元(約3,000円)が配られたが、対象者は一気に深圳の2倍に拡大されたのである。

市民は、市内のスーパーや飲食店など1万店舗でQRコードをかざしてデジタル人民元を支払った。また、商店や飲食店などの実店舗だけでなく、ネット通販大手の京東集団(JDドット・コム)のサイトなど、初めてネット上でのデジタル人民元利用へと、実験の領域は広げられた。蘇州での実証実験でもう一点注目されたのは、ネットにつながっていない状態のスマートフォンで決済を行うことができる「オフライン決済」だ。正式発行にさらに一段と近づいたと言えるだろう。

実証実験は「双12」、つまり中国で恒例の12月12日のネット通販値引きセールに合わせて、11日から始められた。ネットショッピングが急増する際にも、デジタル人民元による支払いに問題が生じないかをチェックするためだ。

「双12」には、デジタル人民元による支払いが1日で2万件近くあり、「80後(1980年代生まれ)」と「90後(1990年代生まれ)」の若者の利用が、全体の80%近くを占めたという(注1)。

デジタル人民元のクロスボーダー利用を想定した実験も

実証実験は、国内だけでなく国境を越えた利用を想定したものへと、今後拡大していくことが予想される。2020年10月に、香港の香港金融管理局(中央銀行に相当)の余偉文総裁は、中国のデジタル通貨「デジタル人民元」を越境(クロスボーダー)決済で利用する実証試験に向けて、中国人民銀行と協議していることを明らかにしている。大湾区(広東省9都市、香港、マカオ)内での相互のアクセスを加速させるため、香港金融当局は既に専門チームを立ち上げており、中国側と協力体制を整えているという。

このプロジェクトが実現すれば、異なる通貨が流通する地域をまたいだデジタル人民元の実験としては、初めてのことになる。それは、将来的にデジタル人民元を中国外で使用することや、国際決済・送金への活用に向けた準備になるだろう。

さらに、一部メディアの報道によれば、マカオのカジノでデジタル人民元の導入が検討されているもようだ(注2)。マカオ当局は、カジノ運営会社と接触してデジタル人民元導入の実行性について協議を行っているという。デジタル人民元を使ったチップ交換を想定しているという。中国政府は、マカオのカジノでのマネーロンダリング(資金洗浄)対策を進めてきた。「カジノのデジタル化」を通じて、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を強化する狙いがあるのかもしれない。ただし、香港メディアによると、マカオ当局はこの報道内容を否定している。

主要国で唯一の最終段階の実証実験

デジタル人民元の実証実験が先行して行われてきたのは、深圳、蘇州、雄安新区、成都の4都市と2022年冬季五輪の会場(北京)のいわゆる「4+1」である。さらに中国商務省は2020年8月に、北京・天津・河北、長江デルタ、粤港澳大湾区(広州、仏山、肇慶、深圳、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、澳門両特別行政区によって構成される都市圏)と中・西部の条件を満たした全28か所へと、実証実験を実施する都市を今後広げていく計画を明らかにしている。2021年にはデジタル人民元の発行に向けた実証実験が、加速的に増えていく可能性があるだろう。

ところで日本銀行は、2020年10月に発表した報告書で、中銀デジタル通貨の発行予定はないとしながらも、その実証実験を3段階で進めていく考えを示している。

第1段階はデジタル円の基本機能(発行・送金・還収)の検証、第2段階は周辺機能の検証、第3段階は実際に店舗や消費者が参加するかたちで利用実験が行われる予定である。第1段階の実証実験は、2021年度の早い時期に開始する予定であるとする一方、第2段階、第3段階については、実施時期は未定であるとしている。

以上で見てきたように中国では、デジタル人民元発行に向けた実証実験が盛んに行われている。これは、日本銀行の分類によれば、第3段階、つまり最終段階の実証実験である。

主要国の中で、中銀デジタル人民元の発行を正式に決めているのは今のところ中国だけだ。2021年半ばにかけて、欧州中央銀行(ECB)は中銀デジタル通貨「デジタルユーロ」の発行を決める可能性があるが、それから発行に向けた検討を開始し、法整備を進め、さらに実験を重ねていくとすれば、発行までに少なくとも数年の時間を要するだろう。

既に最終段階に近い実証実験を進め、多くの知見を得ている中国は、中銀デジタル通貨の分野で主要国の中で明らかにフロントランナーなのである。

図表 デジタル人民元発行に向けた歩み


(注1)「デジタル人民元の評価上々 中国で進む実証実験」、ChinaWave経済・産業ニュース、2020年12月22日
(注2)「【統計】カジノで「デジタル元」導入検討か、マカオ当局は否定 香港」、亜州リサーチ 中国株ニュース、2020年12月3日

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