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ECBのラガルド総裁の記者会見-Steady hand again

2021/06/11

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はじめに

ECBは今回(6月)の政策理事会で、金融政策の現状維持を決定し、市場が注目していたPEPPによる資産買入れも、第3四半期には本年初より「顕著に早いペース」に維持する方針を確認した。

経済情勢の判断

ラガルド総裁は、ユーロ圏経済が本年第1四半期には小幅なマイナス成長となったが、第2四半期には広範な経済指標が顕著な回復を示唆しているとの見方を示した。なかでも製造業は外需に支えられて堅調な拡大を続けているほか、消費者マインドの回復とCovid-19の感染抑制策の漸進的解除に伴って、サービス業も緩やかな回復を開始したと説明した。

その上で、ワクチン接種の進捗と感染抑制策の解除、海外経済の拡大によって、ユーロ圏経済の回復基調が本年後半にも継続することに自信を示し、先行きのリスクも上下にバランスしているとの見方に上方修正した点を強調した。また、上方要因は外需の一層の拡大や家計貯蓄の迅速な取り崩し、下方要因はCovid-19の変異種拡大と感染抑制策の強化であると付言した。

実際、執行部による実質GDP成長率の新たな見通しは、2021~23年にかけて+4.6%→+4.7%→+2.1%となり、前回(3月)に比べて2021~22年が0.6ppづつ上方修正された。見通しの本文によれば、ワクチン接種の加速、「復興基金」(NGEU)等の財政支出、米国の財政支出等による外需拡大等により、Covid-19の経済面への影響が予想比小さいとの判断を映じたものとしている。

ただしラガルド総裁は、質疑応答では、労働市場や消費行動、サプライチェーンにおける後遺症(scarring effect)の可能性にも言及し、労働に関しては円滑なシフトのための訓練等の面で財政面の対応の重要性を指摘した。

物価情勢の判断

ラガルド総裁は、エネルギー価格の上昇-水準効果だけでなく、継続的な上昇の効果-を主因に、5月のHICP総合インフレ率が+2%に達したことを指摘するとともに、経済活動の再開に伴う供給制約や昨年のドイツのVAT減税の水準効果もあって、当面はインフレ率がさらに加速する可能性を指摘した。

もっとも、労働市場のslackが賃金上昇を抑制するほか、ユーロ高による輸入物価の抑制も生ずる中で、上記の一時的要因が年内には解消することで、2022年にはインフレ率が再び低下し、その後に緩やかな上昇に復するとの見方を維持した。

執行部によるHICP総合インフレ率の新たな見通しも、2021~23年にかけて+1.9%→+1.5%→+1.4%となり、前回(3月)に比べて2021~22年が各々0.4ppおよび0.3pp上方修正された。

質疑では、複数の記者が、ユーロ圏でも米国と同様なインフレ率の顕著な加速が生ずる可能性を質した。ラガルド総裁は、① Covid-19以前の物価、②Covid-19からの回復段階、③財政政策の相対的規模といった面で、米国とユーロ圏には違いがあるとの見方を示した。また、労働市場のslackは(失業率が8%である上に)under employmentを加味すると15%近くもあり、賃金を通じサービス価格の上昇を抑制するとの理解を確認した。

一方でラガルド総裁も、景気見通しの好転に即して物価の基調が緩やかに改善するとの期待も示した。実際、執行部によるHICPコアインフレ率の新たな見通しは、2021~23年にかけて+1.1%→1.3%→+1.4%となり、前回(3月)に比べて各々0.1pp、 0.2pp、0.1ppと僅かながら上昇修正された。

金融政策の運営

上記のように、今回(6月)の政策理事会は金融政策の現状維持を決定した。ラガルド総裁は、slackの解消には時間を要するだけに、インフレ率が目標を下回る状況が続く下で、金融緩和の継続が重要との判断を確認した。

これに対し一部の記者からは、金融緩和が長期化することの副作用と、インフレ目標の早期達成のための追加緩和の必要性という逆方向の質問が示された。ラガルド総裁は、前者に関しては昨年3月以降の一連の対応がユーロ圏経済を「断崖」から救った点を強調し、効果が副作用を上回るとの理解を強調した。後者に関しては、コアインフレ率に中期的な改善の兆しがある点を確認して、追加緩和の緊急性を否定した。

その上で、政策運営の焦点であるPEPPの運営について、ラガルド総裁は、二つの判断材料のうちで(基調的な)インフレ見通しは3月対比で若干改善した一方、資金調達条件は概ね不変ながら、市場金利(国債市場を指すとみられる)が若干上昇し、企業向け貸出の条件に波及する可能性を指摘した。そして、こうした評価に基いて、PEPPによる資産買入れを本年初より「顕著に早いペース」に維持することを決めたと説明した。

質疑では多数の記者がPEPPによる資産買入れペースの方針を取り上げた。まず、複数の記者はこの方針が全会一致の決定であったかどうかを質した。ラガルド総裁は、幅広い合意(broad agreement)であったと説明し、一部に異なる意見があった点を示唆した。

別の複数の記者がPEPPによる資産買入れの柔軟性について質問したのに対し、ラガルド総裁は、夏季には国債市場の流動性が(市場参加者数の減少等に伴い)低下することを考慮し、 APPと同様に一時的に買入れペースを落とす可能性を示唆した。その上で、PEPPによる資産買入れペースは、上記のような方針の範囲内ではあるが、市場状況によって柔軟に運営することに利点があるとの考えも確認した。

さらに複数の記者からは、PEPPの期限(2022年3月)の扱いやその後の資産買入れについて、今回(6月)の政策理事会での議論の有無や内容を質した。これに対しラガルド総裁は、そうした議論は全くなかったことを明言するとともに、一般論としても、現時点でそうした議論を行うことは時期尚早との考えを確認した。

デジタル・ユーロ

質疑応答では、ECBによる中央銀行デジタル通貨(デジタル・ユーロ)に関する検討状況についても質問が示された。ラガルド総裁は、使用する技術や個人情報の保護、果たすべき機能などに関して、7月の理事会で取組み方針を決定した上で、その結果を公表するとした。ただし、既にパネッタ理事などが示唆しているように、これはデジタル・ユーロの導入を最終決定するものではなく、あくまでも今後の取組み方針を示すものである点を付言した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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