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ECBの6月政策理事会のAccounts-Pipeline of inflation

2021/07/10

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はじめに

ECBの前回(6月)の政策理事会は金融緩和の現状維持を決定したが、本年後半の景気回復見通しを確認したほか、景気や物価の上方リスクを相応に共有していた。

経済情勢の評価と見通し

レーン理事は、第1四半期のGDP成長率が再びマイナスに転じたが、その後は感染抑制策の緩和によって状況が好転していると評価した。

なかでも消費は、マインドの好転や貯蓄の取崩しによる力強い回復に期待を示したほか、住宅投資も供給制約の下でも堅調に拡大していると評価し、設備投資も緩やかな回復を確認した。この間、雇用も回復を続けたが、稼働状況は依然として低いとした。

理事会メンバーもこうした評価に概ね(generally)合意した。ただし、消費については、貯蓄の取崩しに関する執行部の想定が慎重すぎるとか、住宅価格の上昇等による資産効果を評価すべきとの楽観的な意見が示された一方、貯蓄率の「正常化」ペースに関する想定が速すぎるとか、超過貯蓄は主として富裕層が保有しており、消費性向は低いとの慎重な意見も示された。

今後については、執行部はより広範な景気回復を予想し、2021~22年の実質GDP成長率見通しを大きく引上げ、メンバーはこの点にも概ね(generally)合意した。ただし、足元の経済指標の好転に比べて上方修正が小さいとか、第1四半期のマイナス幅も予想比小さかったといった楽観的な意見が示された一方、後者は国ごとに状況のばらつきが大きいとの指摘もあった。

その上でレーン理事も理事会メンバーも、今後の経済のリスクは上下に概ねバランスしていると評価した。この点に関しては、今後もCovid-19の展開如何によるといった慎重な意見よりも、執行部による見通しも上方修正を繰り返し、今や予想のパスがCovid-19以前に近づいているといった指摘やCovid-19の経済への後遺症が想定より深刻でないといった楽観的な指摘が目立った。

財政政策に関しては、大胆で調整されたスタンスの維持が必要との認識が示されるとともに、財政支出は一時的かつ焦点を絞ったものとすべきとの指摘がなされた。また、執行部の見通しが2021年も前年と同様な財政スタンスが維持されると仮定している点を確認しつつ、財政健全化の遅延リスクへの懸念も示された。

物価情勢の評価と見通し

レーン理事は、足元のHICP総合インフレ率の加速はエネルギー関連の価格上昇による面が大きい点を確認するとともに、HICPコアインフレ率は横ばい圏内で推移し、第1四半期の契約賃金の伸びも顕著に減速したと指摘した。また、企業の投入コストは上昇しているが、中間財や最終財の価格への波及は極めて限定的との評価を示した。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(broadly)合意したほか、一時的な要因でなく、中長期的な物価動向を評価することの重要性にも合意した。

その上で、投入コストの上昇や供給制約が、長い目で見て、消費者物価に与える影響が議論となり、波及は中間財に止まっているとの指摘がなされた一方、長期にわたる低収益のために企業のコスト吸収力に制約があるほか、家計の貯蓄や需要が大きいだけに、従来以上に大きなコストの転嫁が生じ得るとの興味深い指摘も示された。

さらに理事会メンバーは、物価上昇の継続性に対する見方が家計や企業の行動に影響を及ぼす点を確認するとともに、家計の実質購買力が予想以上に毀損しているだけに、賃金交渉への影響には不透明性が残ると指摘した。一方で、賃金上昇圧力の兆候はみられず、労働力不足も国や産業によって大きく異なるとの指摘もあった。

今後のHICPコアインフレ率については、執行部は、海外のインフレ圧力とユーロ圏でのslackの解消に伴い、緩やかな加速を予想した。この点に関し理事会メンバーは、財政・金融政策の支えがなければ、インフレ率はもっと低位になるはずと指摘した。

一方で、執行部の物価見通しは原油価格の先物カーブを前提にしているだけに、将来のインフレ率に対する下方圧力を見込んでいる点が、2022年以降のインフレ率の減速予想に繋がっているとの問題提起もなされた。さらに、気候温暖化防止の新たな政策も物価の上方圧力になるとして、2023年のインフレ率見通しには上方リスクがあるとの指摘もあった。

インフレ期待については、理事会メンバーは、サーベイベースの長期期待は安定しているが、市場ベースの期待が上昇を続けている点を確認した。その上で、足元のインフレ率の加速が、適応的な期待形成を通じて企業や家計のインフレ期待を上昇させる可能性を指摘した一方、市場ベースのインフレ期待の上昇には、リスクプレミアムの上昇による面が大きいとの理解も示された。

政策判断

レーン理事は、3月時点に比べて景気見通しが好転し、コアインフレ率の改善によって中期のインフレ見通しの頑健性が高まるなど状況は改善したと評価した。それでも、Covid-19の展開によるリスクは消滅しておらず、市場金利の上昇が続けば、景気回復を抑制し、物価の回復を遅延させるとの見方を示した。

このためレーン理事は、PEPPによる資産買入れのペースを、年初に比べて「顕著に早いペース」に維持することを提案した。

理事会メンバーは、景気回復の初期段階にある下で、金利の無秩序な上昇を伴うことなくPEPPの買入れペースを相応に減少するには、資金調達条件が脆弱すぎるとの評価を示した。また、中期のインフレ見通しの明確な改善がない中でPEPPの買入れペースを変更すれば、金融環境を不要にタイト化し、ECBによる物価目標の達成姿勢に疑念を生ずると指摘した。

一方で、景気や物価の見通しとリスクが改善しただけに、PEPPの買入れペースも相応に調整すべきとの意見も示された。こうした立場からは、金融環境は緩和的で、自然利子率も好転したはずである点や、PEPPは時限的な危機対策と位置付けるべきとの指摘がなされた。

最終的には、ほとんど(most)のメンバーがレーン理事の提案を支持するとともに、PEPPの買入れの定期的な見直しに関しても、有用性を確認した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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