フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 デジタルユーロへの道-ECBによる設計作業の開始

デジタルユーロへの道-ECBによる設計作業の開始

2021/07/20

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

欧州中央銀行(ECB)は、7月14日の一般理事会で、デジタルユーロを導入を可能とするための設計作業を正式に開始すると決定した。その詳細は、作業を分担する域内国の中央銀行(NCB)が今後に順次公表するため、本コラムではECBが公表した資料をもとに、本決定の位置づけやそこに至る技術的検証の概要を検討する。

本決定の位置づけ

既にECBは、昨年10月のスタンスペーパーでデジタルユーロの概要や合理性を整理した後、パブリックコメントを実施し、 デジタルユーロに対する関心の強さと、プライバシー、セキュリティ、利便性を主たる要件として確認している。

一方、ECBが7月14日に公表した公式文書は、昨年9月にデジタルユーロに関するハイレベル・タスクフォースがECBと域内国の中央銀行の共同プロジェクトとして設置され、スタンスペーパーが取り上げた設計上の選択肢について、技術的検証を行ったと説明している。

つまり、ESCB(ECBとNCB)は、デジタルユーロが期待される役割を果たす上で多様な選択肢がある中で、タスクフォースの検証を通じて、技術的に実現可能な選択肢を絞り込んだ訳である。もちろん、依然として多くの課題を残しているほか(後述)、デジタルユーロを実際に導入するまでには、その間の技術革新によって検証結果は事後的に変化することも考えられる。

それでも、こうした「前裁き」を行った上で設計作業に進むことには効率性の面で明らかにメリットがある。つまり、今回の一般理事会が開始を決定した作業-2年間の「調査(investigation)作業」-の焦点は技術的検証を踏まえたデジタルユーロ自体の設計にあり、その際には金融機関等のステークホルダーとの共同作業が重要である点も強調している。その上で、パネッタ理事はデジタルユーロの「開発作業」(3年程度を要する)に着手する考えを確認している。

ECBは、上記の決定に関するパネッタ理事から欧州議会のティナグリ経済・金融委員長に当てた同日付けの書簡も公表している。注目されるのは、第一に「調査作業」は欧州連合(EU)としての法的な枠組みにも触れる点を明言している点である。言うまでもなく、デジタルユーロの導入には欧州議会による支援が欠かせない。

第二に「調査作業」内の優先順位を示唆している点である。本年末までに政策目的やデジタルユーロの利用目的を検討した後、来年前半はプライバシーとAML等とのトレードオフを検討する。その後に金融システムや現金への影響を扱い、最後にデジタルユーロを活用したビジネスモデルを検討するとしている。

一連の文書を通じて、ECBはデジタルユーロの導入を正規に決定した訳ではないという従来の立場を維持している。それでも、利用者と欧州議会の関心を確認し、技術的な可能性を概ね確認したという意味で、デジタルユーロの導入に向けて大きなステップを踏み出したと理解できる。

技術的検証のポイント

上記の公式文書は、タスクフォースが検証した内容を4つに整理している。一つ目は既存の支払・決済システムの拡張可能性である。ここでは、TARGET TIPSをインフラとして活用することで、集権的かつ口座ベースのデジタルユーロを導入しうるかどうかを検証したほか、SEPAやPSD2といった既存のイニシアティブとの連携や匿名性の確保等を検証したようだ。

二つ目は支払・決済プラットフォームの統合可能性であり、集権的なものとDLTを用いた分権的なものとの連携のあり方を検証したようだ。その際には、中央銀行預金をプラットフォーム間の橋渡しとして機能させるアプローチ(flat approach)と、監督下にある仲介機関のみが中央銀行の運営する集権的なプラットフォームにアクセスする一方、仲介機関は多様なプラットフォームを使ってデジタルユーロを利用者に供与するアプローチ(tiered approach)の双方が検証されたようだ。

三つ目はデジタルユーロの発行や償還、配布をブロックチェーン技術と固定額面のトークン(digital bills)によって実現する可能性である。ポイントは、量的な拡張可能性やデジタルユーロとしてのトークンの有用性を明らかにするほか、デジタル認証との統合による利用者の認証や、デジタルユーロに関係する多様な主体における匿名性の差別化といった興味深い内容におかれていたようだ。

最後の四つ目は支払・決済のための携帯媒体の可能性であり、オフライン支払について、P2PやP2Bでの対応、異なる水準の匿名性の付与、デジタルユーロの利用に関する地域的な制限や付利、頑健性や利便性、コストなどが焦点となったようだ。

当然に予想されることだが、これらの検証はECBやNCBだけでなく、研究者や実務家の参加によって実施された。

技術的検証の成果

その上でこの公式文書は検証の成果を以下のように纏めるとともに、検証したポイントについて大きな技術的な支障はなく、スタンスペーパーで整理した要件の実現は可能と結論付けた。

第一に、デジタルユーロの台帳は選択肢によって柔軟性や能力が異なる。 TIPSベースは処理速度は速いが、ブロックチェーンベースでも毎秒15000件の処理が可能であるとしたほか、flat approachのうち、支払チャネルのネットワークを活用することは拡張可能性のメリットがある一方、デジタルユーロの法的な位置づけの課題を示唆した。また、オフライン支払には二重使用の防止の課題が指摘され、端末を(一定の間隔で)台帳と同期させる必要性が示された。

第二に、匿名性とAMLのバランスは可能だが、法的な課題は残る。TIPSベースでは、仲介機関は利用者の「仮名」を使うか、(認証機関が発行する)「匿名カード」を付与しつつプラットフォームにアクセスする方法を挙げた。ブロックチェーンベースでは、一回限りの「仮名」の使用、複数の支払の合算、匿名性の異なる支払チャネルのネットワークの活用などを選択肢を示したが、 AML/CFTへの対応に関して他の選択肢がある点も示唆した。

第三に、残高や利用額の制限は技術的な選択肢に拘らず可能であり、自動的なsweepも展望される。付利も多様なプラットフォームで可能であるとした一方、利用者にとって取引ごとにコストが異なる可能性も指摘した。ただし、オフライン支払のための携帯端末は、取引額の制限や付利が難しいことも認めた。

第四に、媒体にも多様な選択肢がある。NFCの活用は有用だが、大口支払やオフライン支払では課題も残るとした。また、デジタル認証との連携は、選択的な付利やAML対応等の面でメリットがあるとしつつも、域内の多くの国で普及が低位に止まっている点を課題として指摘した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn