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中国人民銀行によるデジタル人民元(E-CNY)に関する白書

2021/07/26

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はじめに

中国人民銀行(PBOC)が今般公表した白書は、デジタル人民元(E-CNY)に関するPBOCの立場や開発の背景と目的、枠組みや政策面からの検討状況を明らかにすることで、その構築に向けて関係者との対話を強化することが目的とされている。

開発の背景

白書の第1章は、E-CNYの開発の背景を、①デジタル時代に適応した安全で包括的かつ新たな小口支払のインフラに対する要請、 ②現金や現金使用の環境の変化、③暗号資産、特にglobal stable coinの急成長、④海外の中央銀行によるCBDCの研究開発の活発化の4つに整理している。

これら自体は日米欧の議論と概ね同じだが、①に関して経済が高成長から良質な成長にシフトしていく上での貢献に言及し、②に関して2016年以降はM0が漸増しているが、現金使用のコストが高い点を強調し、③について暗号資産の社会的影響を指摘している点に中国独自の問題意識も感じられる。

定義と目的

第2章の前半はE-CNYの定義の説明とされているが、むしろ想定される特性の説明というべき内容である。

具体的には、第一にPBOCが発行する法貨であり、第二にPBOCが集権的に管理し、二層構造を導入する(内容は後述)。第三に現金を代替するが、PBOCは現金供給を維持し、第四に国内の小口支払に主として供される。そして第五に将来的には他の電子的な資金との相互運用性を具備する。

これらも概ね既知の内容であるが、第五の特性を発揮する上で、商業銀行だけでなく要件を満たしたノンバンクも支払・決済インフラとの取引を認める方向性が注目される。しかしその要件は、 AML/CFT等に関するコンプライアンスに加え、包括的なリスク管理が含まれるなど、高いものが示唆されている。

第2章の後半では、E-CNYの開発目的として3つの点が挙げられている。一番目は中央銀行の提供する現金の形態を多様化し、金融包摂を支援することである。前者は、他の主要国における公共財としての「中央銀行マネー」の必要性に関する議論と同じだが、後者を銀行預金口座がなくても利用しうるウォレットによって実現する考え方は特徴的である。

二番目は小口支払サービスにおける公正な競争や効率性と安全性の支援であり、これ自体も国際的に標準的な議論である。それでも、E-CNYの法貨としての安全性や本源的価値を有する点、制御された匿名性を具備する点などを強調していることには、巨大IT企業による支払サービスへの対抗意識が表れている。

三番目は国際的なイニシアティブに対応しつつ、クロスボーダー支払での利用を模索する点である。E-CNYは現時点では主として国内の小口支払のために設計されているとしつつも、既に技術的にはクロスボーダーでの利用にも適応しており、PBOCはクロスボーダー支払の改善に向けた国際的な取組みに関与しつつ、クロスボーダーでのCBDCの使用を模索するとしている。

このような将来の可能性も、既にPBOC関係者が様々な形で示唆してきたが、本白書はPBOCがクロスボーダー支払において他国との連携を行う際の三原則として、①国際金融システムや関係国の通貨主権と政策運営に支障を生じない、②関係国の法令や規制を遵守する、③既存のインフラとの相互運用性を確保するの3点を明記している点が注目される。

設計の枠組み

第3章の第1部では、設計上の原則として、法律や規制に対するコンプライアンス、安全性と利便性、開放性と適応性の三つを挙げている。続く第2部では、設計上の特性を7点にわたって挙げている。口座型とウォレット型の併存はE-CNYの特徴であるほか、付利を行わず、金融機関にも利用者にも利用料を課さない点も注目される。また、ウォレット由の支払における即時決済もオフライン支払との関係で重要な特性だ。

PBOCが強調してきた「制御された匿名性」は、支払金額の大きさに即したデータの追跡によって実現する考えを示したほか、 PBOCは法律や規制の規定がないかぎり、取引情報を第三者に開示しないとしている。また、不正使用防止のためのデジタル署名等の活用や利便性強化のためのプログラムの組み込み可能性も示唆されている。

第3節はいわゆる二層構造の説明だが、仲介機関を2種類に分ける点が注目される。第1層は認定オペレーターと称され、自己資本や技術の面で相対的に優れた商業銀行から選出される。これらの機関は、PBOCによるquotaの割り当てに即して、個人の認証情報の強度によって異なる種類のウォレットを発行する。同時に第2層の仲介機関とともにE-CNYの流通にあたる。

第4節は想定されるウォレットの内容に関して、①個人向けには支払額や残高の限度が異なるものを発行、②企業向けにも別途発行(限度は利用方法に即して設定)、③スマートフォンアプリやICカードなど多様な媒体を活用、④メインウォレットの下にサブウォレットも設定可能、⑤PBOCがルールを設定し、民間事業者が支払サービスを開発し提供、といった点が説明されている。

続く第5節から第7節では、AML/CFTの順守や消費者権利の保護の重要性や、上記の認定オペレーターによるロードマップの選択の必要性に加え、PBOCは中国人民銀行法の改正によりE-CNYを発行しうる状態にあるが、金融規制面の対応が課題である点が説明されている。

政策面の配慮と今後の展望

第4章ではE-CNYの導入に伴う資金シフトの可能性に触れ、あくまで現金代替として付利を行わない、ウォレットに対して様々な限度額を導入する、取引データの解析を通じて早期警戒を行うといった対応を講ずる点を説明しているほか、今後の実験等を通じて新たな対応を講ずる可能性も示唆した。

第5章の前半は開発や実験の経緯であり、既に広く報道されているので割愛するが、同章の後半は今後の展望として、①慎重かつ秩序だった形で実験を継続する、②関連する法制の改善を行う、③研究開発やE-CNYの導入に向けた金融政策や金融システム安定の面からの基礎固めを行う、といった点を挙げている。注目されるのは、依然として導入時期は未定としている点と、CBDCに関する開放的かつ包括的な国際標準に関する議論に積極的に関与するとした点である。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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