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ECBのラガルド総裁の記者会見-Moderately lower pace

2021/09/10

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はじめに

今回(9月)の政策理事会は、PEPPの買入れペースをこれまでの2四半期に比べて、緩やかに低い(moderately lower)ペースに変更することを決定した。また、同時に公表された執行部の経済見通しは、今年の実質GDP成長率見通しを上昇修正したほか、インフレ見通しを総じて若干ながら上方修正した。

経済情勢の判断

ラガルド総裁は、冒頭説明で、第2四半期以降の景気回復が順調である点を確認し、主たる背景としてワクチン接種の進捗と感染抑制措置の緩和によるサービス業の回復、海外経済に支えられた製造業の生産や設備投資の拡大の維持を挙げた。この結果、実質GDPは想定より早く、本年第4四半期にCovid-19直前(2019年第4四半期)の水準を回復するとの見込みを示した。

執行部が公表した2021~23年の実質GDP成長率の新たな見通しは+5.0%→+4.6%→+2.1%と、前回(6月)に比べて2021年が0.4pp上方修正されたが、それ以降はほぼ不変となった(2022年は▲0.1pp)。また、ラガルド総裁は、今後のリスクが上下に概ねバランスしているとの評価を維持した。

質疑では、2022年の見通しが海外経済の不透明性の中でやや楽観的との指摘もあったが、ラガルド総裁は、供給制約が緩和するほか復興基金(NGEU)の支出も本格化するとして、高成長の継続に自信を示した。

物価情勢の判断

ラガルド総裁は、同じく冒頭説明で、足許のインフレ率の上昇が原油価格の上昇、昨年の水準効果(ドイツのVAT減税やサマーセールの後ずれの反動)、供給制約といった一時的な要因によるとの見方を確認した。その一方で、景気回復の継続によって基調的なインフレは緩やかな改善を続けるとの見方を示した。

執行部が公表した2021~23年のHICPインフレ率の新たな見通しは+2.2%→+1.7%→+1.5%と、前回(6月)に比べて2021年が0.3pp上方修正されただけでなく、2022年は0.2pp、2023年は0.1ppとそれぞれ引き上げられた。ただし、コアHICPインフレ率の見通しは+1.3%→+1.4%→+1.5%と若干上方修正されたが依然として低位になっている。ラガルド総裁も、長期のインフレ期待は改善したがなお低位と評価した。

質疑では、複数の記者がインフレ見通しの妥当性を質したが、 ラガルド総裁は、インフレの上方リスクは供給制約の長期化とそれに伴う二次的効果にある点を指摘した。もっとも、基調的なインフレの上昇に必要な賃金上昇については、Covid-19前に比べて域内の失業者は約200万人多く、各国政府の雇用維持策が失業を抑えている面がなお強いことや、域内主要国の契約賃金の上昇は緩やかに止まっている点を挙げ、慎重な見方を示唆した。

PEPPの運営

市場が注目していた本四半期のPEPPの運営に関して、今回(9月)の政策理事会は前の2四半期に比べて、緩やかに低いペースとすることを決定した。

ラガルド総裁は、その根拠として、ECBが判断材料としている資金調達条件について、市場金利は足許でやや上昇しているが低位にあり、銀行貸出の減速は(予備的な)資金需要の後退によるとの理解を示し、総じて緩和的との評価を維持した。もう一つの判断材料であるインフレ見通しについては、上記のように引続き緩やかではあるが、改善しているとの見方を示した。

質疑では多くの記者がPEPPの運営を取り上げた。まず、一部の記者からは、買入れペースの減速がテーパリング開始を意味するのかという点や、本年第4四半期にCovid-19前の実質GDP水準を回復することがPEPPの終了条件である危機の収束を意味するのかという点、さらにはPEPPの終了は十分事前に予告するのかといった質問が示された。

前者に関してラガルド総裁は、今回の政策決定はPEPPの買い入れペースを四半期ごとに見直すという定例作業の結果であり、あくまでもre-calibrationであって、その後も一貫して減額を続けるテーパリングではない点を再三強調した。

また、後者に関しては、PEPPが危機対策として導入された経緯を確認するとともに、12月の政策理事会では、執行部による新たな経済見通しもあって来年以降の景気や物価の状況がより明らかになるとして、PEPPの運営方針(terms and conditions)を検討する考えを明らかにした。

なお、別の記者が今回の決定に対する理事会メンバーの議論を質したのに対し、ラガルド総裁は全会一致の決定であった点を強調した。もっとも、「タカ派やハト派といった意見の相違に興味のある方には残念であろうが」との趣旨の発言もみられ、「採決結果」はともかく意見の相違があったことが推測される。

その上で、別の複数の記者はPEPP終了後の政策運営を取り上げた。具体的には、来年3月以降のAPPをどう運営するかといった点や、APPを継続することに伴うECBの国債の保有上限の扱い、将来の利上げとの関係などが取り上げられた。

ラガルド総裁は、危機が収束すればインフレへの下方圧力は後退するとしても、ECBとして引続きインフレ目標の達成に注力する方針を確認した上で、PEPP終了後のAPPの運営については、国債の保有上限の問題も含めて12月の政策理事会で一括して議論する考えを示した。また、利上げに関するフォワードガイダンスを前回(7月)の会合で明確化した点を確認しつつ、APPの運営と利上げとの関係を議論するのは時期尚早との意見を述べた。

政策決定の意味合い

ラガルド総裁は「緩やかに低いペース」の具体的な内容は示していないが、3月以降に顕著に早いペースに引き上げた際には200億ユーロ/月を超える増加であった点を踏まえると、ある程度の推測は可能である。

一方、ラガルド総裁が重要案件を12月会合で一括して議論する考えを示した以上、そこで危機の収束を宣言しAPPに引き継ぐ可能性も浮上した。ただし、当面の経済指標を考えると大幅な減額は難しいだけに、看板はどうあれ、相当規模の資産買入れが少なくとも来年前半までは続くことが想定される。

その上でより難しい問題は、上記の質疑で示されたように、遠い先にある利上げ開始までの間のAPPの運営である。極めて緩やかな形で減額していくか、どこかで買入れを停止し、再投資によるストック効果を主張するのかも重要な課題となる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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