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ECBのラガルド総裁の講演-Atypical recovery

2021/09/29

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はじめに

ECBのラガルド総裁は、ポストコロナのユーロ圏経済の構造変化はインフレに上下双方の影響を効果を持ちうるとの見方を示した上で、金融政策は需要回復によるインフレ目標の達成を目指すべきとして、緩和的な金融環境の維持の必要性を確認した。

かつての低インフレ環境

ラガルド総裁は、Covid-19前には雇用→賃金→物価という波及が機能しなかった点が構造的な低インフレの原因であると指摘した上で、①失業率が低下しても女性や高齢者の労働参加率も低下した、②雇用回復が低賃金労働に集中し、グローバル化や生産の自動化で賃金上昇が抑制された、③サービスのデジタル化や電子商取引の拡大の下で賃金上昇が価格に転嫁されにくかった点を背景として挙げた。

Covid-19からの経済回復

ラガルド総裁は、ユーロ圏のCovid-19からの景気回復には異例な特徴があるとの理解を示した。まず、今回は実質GDPの落ち込みが世界金融危機より大きかったが、2021年末には2019年の水準を回復するとの見通しを示した。主因として金融・財政政策による対応を挙げ、家計の実質可処分所得が今回はわずか0.2%の低下に止まったと説明した。

一方、異例な景気回復が一部の部門の供給制約をもたらしており、供給制約がなければ2021年上半期の輸出は7%近くも大きかったという執行部の試算結果を示した。

さらにラガルド総裁は、経済活動の再開がインフレ率を押し上げている点を確認した上で、その要因を2点に整理した。

第一に水準効果であり、エネルギー価格だけでなく、ドイツのVAT減税やバーゲンセールの後ずれも寄与しているとした。また、2020~21年の平均インフレ率は2019年と等しいと説明した。

第二に需給不均衡の影響であり、サプライチェーンの支障によって耐久財需要の増加に対応できていない点を指摘した。また、8月の財価格は前年比+2.6%と長期平均(+0.6%)を大きく上回ったほか、輸送コストは昨年6月の約9倍に上昇している点を付言した。この間、8月のサービス価格も前年比+1.1%まで回復し、既に長期平均を若干上回っていることを説明した。

その上でラガルド総裁は、Covid-19後の景気回復が一巡すれば、インフレ率は減速するとの見方を確認し、その理由として、上記の水準効果の減衰を指摘した。

また、供給制約の収束に要する時間は予測しがたいと説明した。また、東日本大震災後に生じた供給制約の解消に7か月を要したとの推計に言及しつつ、今回はより長期化する恐れを認めた。もっとも、重要なのは賃金に影響するかどうかであると指摘した。

さらにラガルド総裁は、インフレ期待がアンカーされている限り、金融政策は、一時的な供給制約によるインフレ上昇を超えた視野で運営すべきとの考えを示すとともに、インフレ期待の広範な上昇の兆しはみられず、刈込み平均等の基調的なインフレ指標も総合インフレ率に比べて安定しているとの理解を確認した。

ポストコロナのインフレ環境

ラガルド総裁は、Covid-19からの回復が一段落した後、インフレ率は緩やかに2%目標に収斂する見通しを確認するとともに、背景として、ユーロ圏経済の構造変化によって、インフレに対して上下双方に影響する様々な要素が出現しているとの認識を示した。

ラガルド総裁は、まず、ユーロ圏のインフレに対するサービス価格の寄与が歴史的に大きく、賃金が投入要素の40%を占める点を確認しつつ、賃金から価格への波及には需要の強さが重要と指摘した。そこで、高水準の貯蓄を抱える家計が、足元は消費に慎重であるが、景気回復の進捗によるマインドの好転などを背景に2022年末までにCovid-19前の3%増まで回復するとして、需給ギャップの改善を通じて賃金上昇に寄与するとの見方を示した。

もっとも、サービスには財ほどのペントアップ需要が生ずる訳ではない点や、失業率がCovid-19前の水準に戻るには2023年第2四半期までかかるなど、労働市場のslackが大きい点はサービス価格を抑制するとの理解を示した。

次にラガルド総裁は供給面に着目し、経済活動のデジタル化によるグローバル化や生産性向上、寡占化に伴う価格の需給に対する感応度低下がインフレ圧力を低下させる可能性を指摘した。

一方、サプライチェーンの再構築や地政学的要素による貿易パターンの変化がインフレ圧力を高める可能性を指摘したほか、 2019~22年中頃にデジタル化によって域内主要国の転職数が倍増するとの推計に言及しつつ、労働のスキルのミスマッチによって、slackが残る下でも賃金上昇に繋がる可能性を指摘した。

最後にラガルド総裁は、Covid-19によって加速した経済のグリーン化が、炭素排出権価格の上昇、広範な経済活動に対する炭素税の適用、国境炭素税の導入など、インフレ上昇圧力を有する点を確認し、インフレ率が炭素排出の目標達成に向けた移行期間を通じて1%程度上昇するとのNGFSによる推計を示した。

ただし、エネルギー価格が消費者物価に与える影響は、エネルギー構成の変化やエネルギー源の代替関係によって複雑化するとの考えを示し、足元の天然ガス価格の上昇が風力発電の不振にも起因する点や依存度が大きい肥料生産等に影響している点を例示しつつ、波及メカニズムの理解の向上が重要と指摘した。

炭素税についても、歳入の増加を消費課税への軽減に充てるか、影響を受ける産業部門の支援や投資促進に充てるかで経済への影響は異なる点を確認したほか、炭素税の上昇は実質購買力の低下を招く面もあるとして、総合インフレ率が上昇してもコアインフレ率は低下させるとの推計にも言及した。

政策運営への意味合い

ラガルド総裁は、金融政策は一時的な供給要因に過剰反応するのでなく、インフレを持続的に目標へ導く需要を支えることが重要であり、現在のフォワードガイダンスはインフレの基調に即して忍耐強く金融緩和を続けるのに適した枠組みであると説明した。

また、2030年の炭素排出目標の達成までに毎年3300億ユーロの投資が必要であり、同時にデジタル化のためにも毎年1250億ユーロの投資が必要という欧州委員会の推計を示しつつ、ECBによる緩和的な金融環境の維持は、Covid-19の収束に伴う不透明性の低下が進む下での民間投資の活性化を強力に支援するとの期待を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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