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BISと主要中銀による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の現状報告

2021/10/01

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はじめに

中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する共同研究を進めてきた国際決済銀行(BIS)と7つの中央銀行(カナダ、ユーロ圏、日本、スウェーデン、スイス、英国、米国)は、主要な3つのテーマ(システム設計と相互運用性、ニーズと利活用、金融システムへの意味合い)の各々関する検討の現状を公表した。本コラムではExecutive Summaryをもとに、その意味合いを検討する。

CBDCのMotivation

Executive Summaryは、最初にCBDCの開発や導入に関するmotivationを整理している。

第一に、経済活動のデジタル化の下で中央銀行マネーの存在がマネーに対する信認と経済厚生に資するとした上で、昨年10月に公表した基本原則を満たすCBDCは中央銀行がこれらの目的を達成する上で重要な手段になると主張した。

第二に、中央銀行によるCBDCの導入に関する計画は、マネーや支払が急速に変化するにつれて変わるとした上で、導入や設計は国家の判断(sovereign decisions)であるとの理解を示した。

第三に、CBDCに関する国際協力はクロスボーダー支払の改善に道を開くとした。また、G20の下での既存の取り組みに言及しつつ、従来は共同研究が国内使用に重点を置いてきたが、多くの中央銀行がCBDCの導入を検討する中で、クロスボーダー支払への活用が重要な研究テーマになったとの認識を示した。

第四に、CBDCは公共政策の幅広い側面に対して中央銀行の伝統的なマンデートを超える影響を持ちうる点を確認し、幅広い主体による参加と協力が重要である点を確認した。

このうち、第一の点は多くの中央銀行が指摘してきた一方、第三の点は(偶々、先週の「通貨研」会合で取り上げた通り)、昨年と比べて議論のトーンに変化が感じられる。つまり、G20での議論(実質的な事務局はBISのCPMI)では、CBDCの活用は将来的な課題とされていた(最後の19本目の柱)のに対し、今回の報告ではやや前傾化している。

一方、第四の点と第二の点は、5月に公表した「通貨研」の「中間報告」のメッセージで示唆した点と結果的に同じ点に触れている。つまり、CBDCの導入や開発は支払・決済の効率化や安全性の維持を超える広範な意味合いを持つだけに、中央銀行だけでなく官民双方の幅広い主体の関与が必要という難しい問題である。

3本の報告書の概要

続いてExecutive Summaryは、3つのテーマ(システム設計と相互運用性、ニーズと利活用、金融システムへの意味合い)に関する各報告書の内容を要約している。

まず、「システム設計と相互運用性」に関しては、政策目的の実現と利用者の利便性向上に向けたイノベーションの促進の双方を実現する上で、官民のバランスのとれた関与が重要との考えを確認した。具体的には、国内の他の決済システムとの相互運用性が重要であると指摘し、送金メッセージやデータ、技術の標準化のほか、ビジネスや法的な側面での調整も課題として指摘した。

その上で、CBDCの開発や運営は中央銀行にとって重大な職務になると指摘し、民間にoutsourceする領域も、CBDCに関する信認の維持のため適切な監督が必要であると指摘した。併せて、仲介機関が多様なサービスを提供する上でのインセンティブや既存の決済システムのとの相互運用性との関係で、支払データへのアクセスや利活用がシステム上で重要でとの理解を確認した。

Executive Summaryが指摘する通り、官民の協力は開発段階にとどまらず、「通貨研」の「中間報告」も運用段階の協力の重要性を示した。また、民間の関与を促す以上、ビジネス上のインセンティブの付与が重要になる一方、Executive Summaryが指摘したように適切な監督-あるいは責任の分担-とのバランスも、 CBDCの枠組み(architecture)における重要な論点となる。

次に「ニーズと利活用」に関しては、CBDCの定着には安全性だけでなく利用者と店舗の双方でのコストの低さやオフライン支払、匿名性の相対的な高さ、アクセスの多様性といった利便性が重要との理解を確認した上で、将来のニーズやイノベーションへの対応に即した設計の柔軟性が重要であると指摘した。

また、CBDCの導入に向けた戦略は、各国の経済や支払・決済の構造特性に即して調整されるべきとしたほか、急速なイノベーションの下では、大多数の利用者のニーズと少数派の包摂をバランスすることが重要と指摘した。

CBDCは、開発や導入に一定の時間を有する以上、導入時点の支払・決済の環境や技術水準を予見しながら設計や枠組みを考える必要があり、この点は今年7月から開始した「通貨研」の第2フェーズでも議論の基本方針として共有されているが、実際には難しい課題でもある。また、CBDCが上記の条件を満たすと、既存の手段との共存が困難になるジレンマもありうる。

最後に、「金融システムへの意味合い」に関しては、金融仲介への影響を抑制するため、設計や導入に慎重さが必要と指摘しつつ、現時点での分析では、CBDCの利用に現実的な仮定を置いた場合、銀行への影響は制御しうるとの理解も示した。また、この結論は国による金融構造の違いに影響されうるとしつつ、これまでも、CBDC以外の要因による預金からの資金シフトに金融システムは円滑に対応できたと指摘した。

一方、CBDCが突然導入されれば、ノンバンクによる金融仲介の代替如何で金融システムの不安定化を招き得るとし、金融規制や預金保険等の重要さを確認した。また、CBDCの設計面の対応も可能とした上で、アクセスの制限や残高・利用額の制限、付利の工夫は、リスクと利用促進のバランスを考慮すべきとした。

「通貨研」の「中間報告」が示したように、日本は預貸率が低位であるため、マクロ的に資金シフトの影響を抑制しうる可能性があるが、慎重な検討も必要である。また、CBDCの設計面からの対応は「通貨研」の前々回会合でデジタル人民元の枠組みを参照しつつ議論したが、各国の金融構造に沿った判断が必要となる。

今後の活動

Executive Summaryは、今後の共同研究について、①政策面と技術面での調査、②他の国際会議や国際機関による支払・決済の改革に向けた動きへの貢献、③国内外での関係者との対話の強化、という三つの方向を示した。「通貨研」での議論も、微力ながら③への貢献も意識して進めてゆきたい。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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