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FRBのFinancial Stability Report-国際通貨のLLR

2021/11/15

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はじめに

FRBによる今回(11月)のFSRは、米国の金融システムのリスクが概ね抑制的との評価を示した。もっとも、昨年春の金融市場の不安定化の要因は残存しており、今後の政策対応に意味合いを持ちうる点も指摘した。

資産のvaluation

従来と同じく、FSRは金融システム安定に影響をもちうる4つのポイントを検討しており、第1のポイントは資産のvaluationである。

社債は対国債スプレッドがタイトであるだけでなく、予想デフォルト率対比での利回りも低位であるなど、valuationは引続き高いとしたが、株式は企業の収益予想の好転や対国債利回りのイールドスプレッドの安定を踏まえて横ばいと評価した。不動産は商業用と居住用ともvaluationが高水準としたが、前者はコロナの影響の深刻な分野(小売や宿泊等)での出遅れも指摘した。

企業と家計の借入れ

第2のポイントは企業と家計の借入れであり、マクロ的には負債残高のGDP比率の低下を歓迎している。

企業部門では、コロナの影響が深刻な分野でも手許現金の増加によってネットレバレッジが低下し、大企業は低金利下での収益増でICRも低下し、社債やレバレッジローンのデフォルトも減少した点を歓迎しつつ、中小企業のlレバレッジは低下しておらず、次のショックへの脆弱性が残ることを示唆した。

家計部門でも、景気回復や住宅価格の上昇で債務環境が好転しているほか、スコアリングの高い家計を中心に借入れが増加しつつある点を指摘した。住宅借入れも延滞率が低下を続け、スコアリングの低い家計で返済猶予も生じているが、これらが流動化されても強い需要で吸収可能との楽観的な見方を示した。

なお、家計では、住宅や自動車の価格高騰で借入れが膨らんでおり、FSRも「実質化」した借入れを評価しているが、価格変動リスクを考慮するには名目値で議論すべき面もある。一方、政治問題化した学生ローンも、大半は政府が供与し、所得の高い家計が借り手であるとしているが、返済猶予や利払繰越しの停止措置が終了すれば、再びストレスは生じうる。

実際、FSRも、家計の負債は政府の経済対策(失業保険の割増給付や住宅ローンの返済猶予等)によって改善した面が大きく、コロナ感染の再拡大リスクとともに、経済対策の効果の減衰による影響にも注意を喚起している。

金融部門のレバレッジ

第3のポイントは金融部門のレバレッジであり、銀行部門ではコロナの影響が深刻であった分野への貸出を除いては信用コストの上昇も抑制され、自己資本比率も良好に維持されている点を確認している。先行きについても、家計と同じく、政府の経済対策や金融支援策の効果の減衰による信用コストの上昇リスクに言及しているが、深刻さは窺われない。

一方、前回(5月)と同じくレバレッジを問題視したのは生命保険であり、資産に占める社債やCLO、商業不動産融資の高さを挙げた。しかし、その理由が低金利環境にあることは言うまでもない。また、ヘッジファンドのレバレッジの増加の可能性も示唆しているが、FSRも認めるようにデータの制約があり、最新の状況は不透明といえる。この間、証券化商品はABS(自動車ローンを含む)やCLOの発行が高水準を続けている。

資金調達のリスク

第4のポイントは資金調達のリスクであり、銀行部門は安定している一方、MMF等の一部のファンドの流動性リスクを引続き問題視している。

特に、Prime MMFとtax-exempt MMFについては、本年入り後も残高が縮小した点を確認しつつも、投資家による償還要求の集中(run)による脆弱性が残る点を指摘し、FSBが10月に公表した報告で示した対応策(swing pricingの導入や自己資本バッファー等)の必要性を示唆した。

また、社債や地方債、貸出債権に資金を運用するmutual fundも、流動性転換の機能やこうした資産の市場流動性の制約等によって、上記のMMFと同様な脆弱性が残る点を指摘し、しかも社債や貸出債権の市場におけるmutual fundの(買い手としての)シェアが高まっている点に懸念を示した。

論点:昨年春の米国債市場の不安定化の背景

今回(11月)のFSRも様々なBOXを掲載しているが、興味深く思ったのは、昨年春の米国債市場の不安定化における海外投資家の影響を分析したBOXである(第1のポイントに付属)。

第4のポイントに関する議論が示唆するように、昨年春には広範な投資家が各種のファンドに償還要求を一斉に行った結果、そうしたファンドが資産の換金売りを集中的に行ったことが、米国債を含む主な資産の市場流動性を枯渇させ、利回りや価格を顕著に不安定化させたと理解されている。

このBOXは、海外投資家-なかでも新興国の中央銀行が米国債を大規模に売却したことを明らかにするとともに、その目的が対ドルでの通貨価値の防衛、自国内へのドル資金供給、あるいは国際通貨の予備的積み増しであったと推論している。

同様にこのBOXは、海外の民間投資家では債券ファンドが米国債を大規模に売却した点を、840ものファンドの取引データをもとに明らかにした。これらのファンドは米国債だけでなく、他国の国債や米国内外の社債にも運用しているが、最も流動性の高い米国債市場で換金を試みたことが推察されている。

これらの分析は国際金融危機の際の国際通貨としてのドル資金需要の背景や発生メカニズムを確認した点で興味深いだけでなく、今後も再現性が高いとみられるだけに有用である。加えて、 FRBは米ドルの国際金融システムに対するLLRをどのように果たすかという政策的な含意も有している。

例えば、今回(11月)のFSRが示唆するように、FRBが新たに導入した新興国等向けのFIMAレポは海外中央銀行による米国債市場へのストレスを緩和する点で有効であったことが確認される。また、既存の日本を含む主要国向けのスワップ網も、債券ファンドのような民間投資家の資金繰りを支える効果を持ちうる。

FRBによるこうしたLLRは、米国債市場の機能維持にも資するという点でMMLRの意味合いも持ちうる「一石二鳥」の対応となる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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