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ECBのラガルド総裁の記者会見-step down approach

2021/12/17

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はじめに

ECBの今回(12月)の政策理事会は、PEPPを当初の予定通りに2022年3月で終了することを決めたほか、その後はAPPを増額して引き継ぐものの、2022年中を通じて3か月ごとに減額する方針を明記した。また、コロナ対策としてのTLTRO IIIの優遇条件も2022年6月で終了する方向を示唆した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、冒頭説明でCovid-19の感染防止策のために足許で景気が減速している点を認めた一方、雇用の改善と貯蓄の蓄積を背景に消費需要は強く、景気回復の基調が継続しているとの見方を示した。

執行部による2022~24年の新たな実質GDP成長率見通しは、+4.2%→+2.9%→+1.6%と、前回(9月)に比べて2022年を0.4pp下方修正した一方、2023年を0.8ppも上方修正した。ラガルド総裁は、供給制約が2022年中も影響するが徐々に解消していくとの見方を確認した。その上で、今後のリスクは上下に概ねバランスしており、消費が上振れする可能性やCovid-19の影響が想定より拡大する可能性、供給制約が長期化する可能性を指摘した。

記者会見では、後でみる資産買入れの運営方針との関係で、オミクロン株を含むCovid-19の感染拡大による経済活動への影響に懸念が示された。ラガルド総裁もCovid-19自体の不透明性は認めたが、ワクチン接種の進展とCovid-19対策の習熟を挙げて、深刻な懸念には否定的な考えを示した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、原油、ガス、電力といったエネルギー価格の高騰と供給制約が足許のインフレ率高騰の主因であると説明しつつ、 2022年にはこうした要因が安定するとの見方を確認した。このため、インフレ率は2022年の大半の期間で2%を超えるが、2022年を通じて減速するとの見通しを示した。

執行部による2022~24年の新たなHICPインフレ率見通しは、+3.2%→+1.8%→+1.8%と、前回(9月)に比べて2022年が1.5ppの大幅な上方修正となったほか、2023年も0.3pp上方修正した。因みに同期間についての HICPコアインフレ率の見通しも、+1.9%→+1.7%→+1.8%と堅調な内容となった。ラガルド総裁は、今後のリスクとして、エネルギー価格の高騰や供給制約が長期化する可能性を指摘した。

また、冒頭説明では、経済活動の再開が進むとともに賃金上昇につながるとの期待を示す一方、インフレ期待は前回(10月)の政策理事会当時から大きな変化はないが、2%目標に向かって上昇しつつあるとの理解を示した。

金融環境の評価

ラガルド総裁は、前回(10月)の政策理事会以降、市場金利は概ね安定しており、銀行貸出金利も歴史的低位にあると指摘し、資金調達環境は総じて緩和的と評価した。この間、企業の資金需要は現金保有と留保利益のため緩やかに止まっている一方、家計の資金需要は住宅ローンを中心に強いと判断した。

本年夏に公表した政策運営の見直し結果として、理事会は金融政策と金融安定との関係について、年に2回、詳細な評価を行うことになっている。今回の議論の結果、金融緩和は企業や銀行のバランスシートを支え、域内市場の分断を抑制している一方、資産市場の中期的な脆弱性が上昇したとして、注意深い監視が必要との結論を得ている。

政策判断

今回(12月)の政策理事会は、来年第1四半期のPEPPによる資産買入れペースを今期より減速させるとともに、2022年で終了することを決定した。ただし、PEPPによる保有資産の再投資を最短でも2024年末まで1年間延長した。また、再投資は資産クラスや国に関して柔軟に行う考えを示し、特にギリシャ国債も対象にする点を示唆した。

声明文にはCovid-19の展開如何でPEPPを再開する可能性も付言されたため、記者会見ではその条件を質す向きもみられたが、ラガルド総裁は資産買入れを柔軟に運営することの重要性という一般論を説明するに止めた。

一方、APPの買入れペースについては、現在の200億ユーロ/月を2022年4月には400億ユーロ/月に引き上げつつ、実質的にPEPPを引き継ぐことも決定した。ただし、2022年第1四半期の資産買入れはPEPPが現行の700億ユーロ/月より減速しつつも、 APP(200億ユーロ/月)との合計で同水準近辺を維持することが想定されるだけに、4月には相応の段差が生じうる。

加えて、今回(12月)の政策理事会は、APPの買入れペースも3か月ごとに100億ユーロ/月ずつ減らし、10月以降は200億ユーロ/月とする点や、APPのフォワードガイダンス(金融緩和効果の強化が必要である限り、また利上げ直前まで継続)を現状のままに維持することも決定した。

さらに、TLTRO IIIについてはコロナ対策として導入した特別措置(金利条件や利用限度額等)を2022年6月で終了する方針を示したほか、マイナス金利政策の金融仲介への副作用を抑制するため、当座預金の階層構造も見直しを行う考えを示唆した。

利上げの展望

上記のように、2022年10月にAPPの買入れペースを200億ユーロ/月に戻した後については、ECBは既往のフォワードガイダンス(金融緩和の強化が必要な限り、利上げ開始の直前まで継続)を維持し、具体的な方針を示していない。

しかし、2022年中に3か月ごとの減額を行う点を踏まえると、 2023年の前半にはAPPの終了が十分可能になった。PEPPによる保有資産の再投資を2024年まで延長したことを、利上げ開始と時期をずらす趣旨であると理解すれば、2023年の後半に利上げ開始というスケジュール感が浮上する。こうした理解は市場にとっても大きなサプライズではないように見える。

もっとも、ユーロ圏の景気回復は米国ほどに盤石とは言えないし、相対的に外需依存の面も強い。また、記者会見で数名の記者が指摘したように、足許でのCovid-19の感染拡大も深刻であり、当面は経済活動の抑制の影響が生ずることも想定される。先行きの不透明性が高い中で、PEPPからAPPへの引継ぎやその後のAPPの運営を精緻な形で示したことは、市場との対話の点で望ましい面がある一方、事後的に方針変更を余儀なくされるリスクも相応に残存している。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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