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中国はワクチン外交で独り勝ちか

2021/01/19

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コロナショックで中国モデルの優位を認識する国も

中国の実質GDP成長率は、2020年10-12月期に前年同期比+6.5%となり、事前予想の平均値の同+6.2%程度を上回った。また、2020年通年の実質GDP成長率は+2.3%と、やはり事前予想の平均値の同+2.1%程度を上回った。

新型コロナウイルス問題の影響を大きく受けた2020年の成長率では、中国が、主要国中で唯一プラスになったと見られる。また、ほとんどの国がコロナショック前の実質GDPの水準を未だ回復していない中、中国は他国に先駆けてそれを早期に実現し、回復力の強さを裏付けている。

中国は、香港、ウイグルなどの人権問題では多くの国から批判を浴びているが、感染抑制、経済回復でどの国よりも成功している点は、少なからず評価されているだろう。経済面では、国家が主導する国家資本主義制度、政治面では権威主義と呼ばれる制度が、新型コロナウイルス問題のような有事の際には上手く機能した、との印象を持つ新興国は少なくない。

他方で、中国と激しく対立する米国は、感染抑制に未だ手間取っており、経済活動にも停滞感が残る。政治対立を背景に、2020年後半には経済対策が実施されない状況が長く続いた。さらに、2020年11月の大統領選挙を巡る混乱、2021年に入ってからはトランプ支持者による議会議事堂乱入事件の発生など、選挙結果に基づいた平和裏の政権移行という民主主義制度の根幹が大きく揺らぐ、不名誉な事態となっている。

こうした環境は、中国が、一帯一路構想参加国を中心に、アジア、アフリカ、中東欧などの新興国の中で、経済、政治、そして安全保障上の友好国を拡大させていくのに絶好のチャンスでもある。

米国の次期バイデン政権は同盟国との協調強化を目指しており、そうした体制が整ってくれば、先進諸国による「中国包囲網」が形成される可能性も高まるだろう。そうした事態に先手を打つという観点からも、今こそが友好国の拡大に動く好機、と中国は捉えているだろう。

中国は「ワクチン外交」を急展開

そこで実際に中国が動き始めたのが、「ワクチン外交」である。2020年には多くの国で不足していたマスクを供給する、「マスク外交」を展開していた。中国では、科興控股生物技術(シノヴァク・バイオテック)と中国医薬集団(シノファーム)によって2種のワクチンが作られ、すでに国内外で使われ始めている。これを、インフラ投資とセットにして海外に提供するのが「ワクチン外交」である。

1月4日から9日にかけて、中国の王毅外相は、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、タンザニア、ボツワナ、セーシェルなど、サハラ以南のアフリカ諸国を公式訪問し、ワクチン外交を繰り広げた。中国政府は一帯一路構想の一環として、ナイジェリアをはじめとしたアフリカ各国で、道路・鉄道・港湾などのインフラ事業を進めてきている。

さらに王毅外相は、1月11日から16日まで、ミャンマー、インドネシア、ブルネイ、フィリピンの東南アジア4カ国を歴訪し、国産ワクチンの提供や生産協力を表明して、各国との関係強化を図ったのである。

王毅外相はフィリピンではドゥテルテ大統領らと会談し、中国製ワクチン50万回分の提供やインフラ開発に向けた5億元の資金供与を表明した。またミャンマーではアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相と会談し、中国製ワクチン30万回分や医療機器の提供を申し入れた。インドネシアではジョコ大統領と会談したが、同大統領はシノバック製のワクチンの緊急使用を許可し、ジョコ大統領自身が接種の第1号となった。これらのワクチンの提供は、インフラ投資を中心とする一帯一路構想の推進との抱き合わせ、との印象が強い。

シノバックのワクチンは、摂氏2~8度という普通の冷蔵庫で十分に保管できるという。それに対してファイザー製のワクチンは、マイナス70度、モデルナ製はマイナス20度で保管する必要がある(注1) 。シノバックのワクチンは、超低温環境で大量のワクチンを保管するのが難しい新興国、低所得国ではより重宝されるだろう。

世界の勢力図に変化を生じさせるきっかけにも

今後、中国は低所得国向けにも、このワクチン外交を大々的に展開していく可能性があるだろう。医療体制と共に財政基盤が弱い低所得国にもワクチンを普及させることは、先進国にとって大きな課題である。人道上の問題に加えて、仮に先進国で感染を抑え込んでも、低所得国で感染拡大が続けばいずれそれが先進国に回ってくる可能性もある。また、感染拡大による低所得国の経済悪化や財政破たんは、世界経済や金融市場にとっても大きな不安要因である。

そこで世界保健機関(WHO)等は、ワクチン共同購入の枠組み「コバックス(COVAX)ファシリティー」を推進している。最大20億回分のワクチンを確保して、2021年末までに各国へ公平に分配する計画だ。

ところが、コバックスによるワクチンの供給は、供給先の国の人口の20%を上限としている。多くの国にワクチンを配るためには、一国への配給量を制限する必要がある(注2) 。そのため、低所得国は、コバックスに頼るだけでは、十分なワクチンを入手することができないのである。そこで、比較的安価で使い勝手の良い中国のワクチンに頼る傾向が、この先強まっていく可能性があるだろう。

感染拡大が続く米国では、当面は国内でのワクチン接種に手一杯で、他国に回す余裕はないだろう。他方、感染抑制がかなり進んだ中国では、国内で開発、生産したワクチンを他国に回す余地が大きい。

そのため、当面のところは、ワクチン外交では中国の独り勝ちの状況となろう。比較的短期間の間に、中国が新興国に勢力を拡大させ、将来の世界の勢力図に大きな変化を生じさせるきっかけとなる可能性もあるのではないか。


(注1)「中国の新型ウイルスワクチン、分かっていることは?」、BBC NEWS JAPAN 、2021年1月15日
(注2)「ワクチン確保に国際格差 新興国、独自調達探る」、日本経済新聞電子版、2020年12月26日

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