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バイデン新大統領誕生とトランプ前政権の負の遺産

2021/01/21

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米国社会の分断を短期間で解消する手はない

米国時間1月20日に、バイデン新大統領の就任式が首都ワシントンで執り行われた。ワシントンそして米国各地で懸念されていた混乱は生じなかった。事実上の政治空白が解消され、また、平和裏に政権移行が実現されたことを受けて、米国の株価は上昇している。

バイデン新大統領の就任演説は事前に予想されていた内容に終始し、サプライズはなかった。その中で最も強調されたのは、米国社会の融和である。バイデン新大統領はトランプ前大統領の支持者に対して、協調と結束を呼び掛けた。トランプ前大統領も4年前の就任式では同様に結束を呼び掛けたが、その後の言動は、分断を煽るものだった。バイデン新大統領はそれとは異なり、米国社会の融和を重要な政策課題として堅持するだろう。

しかし実際に打ち出す政策は、前トランプ政権の政策と逆のものばかりであり、それらは、保守層の反発を高め、分断をより助長してしまうだろう。実際、就任式直後には、トランプ政権が離脱したパリ協定に復帰する大統領令に署名している。米国社会の分断を短期間で解消する手はないのである。

ただし、分断を促す要因の一つは経済活動の不振であることから、バイデン新政権は当面、経済対策に力を注ぐことになるだろう。財務長官に指名されたイエレン氏も議会公聴会で、一段の財政悪化を甘受して積極的な財政出動を支持する考えを示している。

米中を2つの軸とする世界の分断は強まるか

バイデン新大統領は、トランプ政権の「米国第一主義」のもとで悪化した、同盟国との関係改善も重視している。国内外共に融和が、政策の柱となるのである。同盟国との融和は、米国社会の融和ほどには難しくなく、実際、この先進んでいくだろう。他方で、米国を中心とする同盟の強化は、同盟国以外との対立をあおる結果になる。特に、「中国包囲網」が形成されやすくなる点が重要だ。国務長官に指名されたブリンケン氏は、香港、ウイグルなど、中国の人権問題を中心に、中国に対して強硬姿勢で臨む考えを議会公聴会で示している。イエレン氏も同様に、貿易、通貨面で対中強硬姿勢を示した。

バイデン新政権のもとでは、米中貿易摩擦はやや緩和されると見られるが、米中間での対立は緩和されそうにない。そうした中、足もとのワクチン外交にも表れているように、中国は新興国を中心に友好国の拡大に奔走することになる。米国を中心とする同盟国の結束は強化されるだろうが、逆に米中を2つの軸とする世界の分断は強まる方向となるのではないか。

蘇る「双子の赤字」問題

トランプ前大統領は表舞台を去ったが、彼が残した2つの負の遺産は、今後もバイデン新大統領を苦しめ続けることになるだろう。その1つは、既に述べた米国社会そして国際社会の分断だ。

そして2つ目の負の遺産は、米国財政の悪化、そして経常収支の悪化も含めた「双子の赤字」問題だろう。

トランプ政権が2017年に実施した大型減税、いわゆるトランプ減税や、軍事費を中心とする財政支出の増大等は、米国経済に大きなひずみを生み出した。それが「双子の赤字」の拡大である。1980年代に注目されたこの問題が、再燃している。

2020年度の連邦財政赤字は過去最大の3.1兆ドルに達し、GDP比では15%程度と第2次世界大戦時の20%台に迫った。トランプ大統領は2017年の最初の予算教書で、経済成長の加速によって財政はバランスを取り戻し、連邦債務を圧縮できる、と説明していた。ところが実際には、景気拡大が長期化する中でも財政赤字は拡大を続け、政府債務はGDP比で上昇する一方だった。2020年に入ってからはコロナ対策が加わり、財政環境は一段と悪化した。

昨年春までの歴史的に低い失業率に表れているように、米国経済が供給制約に直面する中での財政拡張策の実施は、国内生産が追い付かない国内需要の増加を満たす形で輸入を急増させ、貿易赤字を拡大させる。貿易赤字額は2016年の4,810億ドルから、2019年には5,770億ドルにまで増加した。

バイデン新政権の下でさらに悪化する財政環境

双子の赤字の拡大は、米国の財政運営に対する信認、ドルに対する信認を損ね、金融市場では、悪い金利上昇、悪いドル安の潜在的なリスクを着実に高めているのではないかと思われる。これは、この先の世界経済にとっても非常に大きな不安材料だ。

さらに、積極財政政策を掲げるバイデン政権の下で、財政赤字はさらに拡大しそうだ。超党派の非利益組織「責任ある連邦予算委員会」の試算によれば、バイデン新大統領が選挙公約で掲げた経済政策を実行に移す場合、連邦財政収支への影響は、2021年から2030年の10年間の合計で約5.6兆ドルの悪化となる。バイデン新大統領は選挙公約で、トランプ減税によって35%から21%にまで引き下げられた法人税率を28%にまで戻し、また、連邦所得税の最高税率を37%から39.6%に引き上げる方針を示した。それでも歳出増加の影響が、増税の影響を上回り、財政環境は一段と悪化する見通しだ。

トランプ前政権の負の遺産

1980年代のレーガン政権のもとでは、双子の赤字の拡大が、長期金利上昇や株価急落を引き起こし、またドル暴落の懸念を高めた。こうした市場の警告が鳴らされたことを受けて、政府はようやく財政再建に真剣に取り組むようになったのである。

バイデン新政権の中で、双子の赤字問題への対応の優先順位は低い。しかし金融市場が大きく混乱する形で市場の警鐘が本格的に鳴らされれば、それは世界経済にも大きな打撃となってしまうだろう。バイデン新大統領は、それ以前の段階で財政再建に本格的に着手し、トランプ前政権が残した双子の赤字問題への対応を進める必要がある。それは国際社会における米国の責務とも言えるだろう。しかし、その実現はかなり難しそうだ。

現在は、1973年の変動相場制移行から3回目のドル高局面にある。何かをきっかけにドルの信頼性が低下し、悪いドル安傾向への反転、悪い金利上昇などの米国金融市場の混乱が世界経済に打撃となる可能性があるだろう。

ドル安志向を明言していたトランプ前政権のもとで、双子の赤字問題をきっかけにしたドルの大幅安が生じなかったのは幸いだったが、その分、問題はバイデン新政権に先送りされた。

双子の赤字問題に根差す米国金融市場の潜在的な不安定性は、バイデン新政権のみならず、世界にとってもトランプ前政権の負の遺産だ。

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