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『テーパータントラム』の再来に怯えるFRB

2021/01/27

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感染再拡大の下でも景況感は改善

2013年に世界の金融市場を動揺させた「テーパータントラム」の再来を回避することが、米連邦準備制度理事会(FRB)の大きな政策課題に浮上してきたように見える。1月26・27日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、追加緩和の実施などの政策変更は見送られよう。他方、資産買入れ額の縮小、いわゆるテーパリングが早期に実施されるとの観測を抑えるような情報発信がなされるのではないか。

足もとの米国経済は、感染再拡大を受けて停滞感が強まっている。昨年12月分の雇用統計では、非農業部門雇用者数は8か月ぶりに減少した。しかし、金融市場の景況感はむしろ改善しているのである。それは、今春にもワクチンが広く普及し、それによって感染が抑制されていくとの期待が高まっていることと、バイデン新政権の積極財政政策が景気を刺激する、との見方による。

そうした市場の景況感の変化を反映しているのが、インフレ連動債(10年)から計算される市場の期待インフレ率を示すBEI(ブレークイーブン・インフレ率)だ。昨年3月のコロナショックを受けて一時0.5%台まで低下したが、今年年初には2%を超えた。その水準は、既にコロナショック前の水準を上回っているのである。

FOMCでの投票権を持つアトランタ連銀総裁のラファエル・ボスティック総裁は1月11日に、「今年の米経済が急速に回復すれば、FRBは国債買い入れによる刺激策を年内に縮小し始めることができるかもしれない」との見方を示した。これは、FRB内でも景況感の改善が進んでいることを示唆しているのではないか。

「テーパータントラム」の記憶が蘇る

しかし、この発言が金融市場の「テーパータントラム」の記憶を呼び起こしてしまった。「テーパータントラム(Taper tantrum)」とは、2013年5月にFRBのバーナンキ議長(当時)が、資産買入れ額の縮小を示唆したことから、金融市場が大きく混乱したことを表現したものだ。テーパーは縮小、タントラムは癇癪の意味だ。特に新興国市場では米国からの投資資金が引き上げられるとの観測から、通貨安と金融市場の大きな混乱が生じたのである。

パウエル議長は、金融市場で燻るこの「テーパータントラム」観測の火消しに動くことになるだろう。議長は既に、「テーパリングの具体的な日程について議論が適切になった場合、世界に知らせる」と説明している。まだそのタイミングではない、ということだ。FOMCでも同様の主旨の説明がなされるのではないか。

FRBは、1年にわたる議論を経て、昨年夏に金融政策の枠組みの見直しを発表した。物価上昇率が目標値をしばらく下回った後には、その後物価上昇率が目標水準を上回ってもそれを一定期間は容認し、平均して物価上昇率が目標値の水準に近付くようにする、というものだ。こうした姿勢と、FOMCが示している物価見通しを合わせて考えると、2023年末までは現在ゼロ近傍にある政策金利の引き上げは実施されない、との見通しになる。実際、そうした観測が金融市場には強く織り込まれている。

鳴り物入りで発表した新たな政策の枠組みであることから、FRBもそれを当面は厳格に維持しようとするだろう。そのため、近い将来にFRBの政策の修正があるとすれば、それは政策金利ではなく資産買入れ策になる、というのが市場の読みだ。

今後の政策は前回の正常化のプロセスが踏襲されよう

昨年のコロナショック直後にFRBは、資産買入れを無制限とした後、6月以降は、月に800億ドルの国債と400億ドルのMBS(資産担保証券)を購入するとし、それを「今後数か月」維持するとしていた。さらに昨年12月には、雇用とインフレの目標に向けて「大幅なさらなる進展があるまで」買い入れペースを継続する、とのコミットメントを示した。これには、フォワードガイダンス(政策方針)の修正を通じて、資産買入れ策の効果を高める狙いがあった。

金融市場の関心は、今年2021年というよりも2022年以降のどのタイミングで、テーパリングが始められるか、に向けられていよう。2022年中にテーパリングが始められ、2023年中にはそれが完了し、2024年には政策金利の引き上げが実施される、との見方が比較的多いのではないか。

金融緩和の正常化のプロセスは、前回、2013年以降に実施されたものが踏襲されるだろう。2013年12月にテーパリングが開始され、2014年10月にテーパリングが完了した。その間、10か月程度だった。その後、2015年12月に政策金利の引き上げが始められ、2017年10月には保有国債の削減(バランスシートの縮小)が始められた。金融市場は、この前回の正常化プロセスに当てはめる形で、先行きの金融政策変更のイメージを形成していくことになるだろう。

今後のFRBの金融政策運営では、長期金利の安定維持に重きが置かれるのではないか。ただし、長期金利に影響を与えるファクターは多い。主要なものは、①期待インフレ率、②財政環境、③FRBの資産買入れ政策の3つである。このうち①は経済環境、②はバイデン政権の財政政策に対する市場の評価、で決まる。FRBが自らコントロールできるのは、③のみである。

FRBは複雑な連立方程式を解くことができるか

現状では、経済環境の改善期待を映した期待インフレ率の上昇が、長期金利の大幅な上昇にはつながっていない。しかし、先行きはそうしたリスクが高まる可能性は十分にあるだろう。その際に、期待インフレ率の上昇を抑えるために必要なのは、金融緩和の縮小である。政策金利の引き上げは当面できないことから、FRBは資産買入れの縮小、いわゆるテーパリングで対応しようとするだろう。

他方、バイデン政権の積極財政政策が、財務省証券市場の需給悪化懸念を通じて、長期金利の上昇につながる可能性も考えられる。その際には、長期金利の安定維持のためにFRBが選択するのは、資産買入れの長期化、つまりテーパリングの先送りという方針を示すことだ。資産買入れの長期化が財務省証券市場の需給見通しを改善させ、財務省証券の発行増加による需給悪化懸念を打ち消すことを狙うのである。

しかし、バイデン政権の積極財政政策が市場の景況感及び期待インフレ率を高め、いわゆる①と②のファクターの双方によって長期金利が顕著に上昇する局面に至ったらどうだろうか。その場合、FRBとしては長期金利の安定維持に対して、打つ手がない状況となってしまうだろう。

長期金利の安定維持は、FRBの使命(マンデート)の一つである。しかし、その使命を達成するためには、このような複雑な連立方程式を解かざるを得ない。それが上手くいかず、再び金融市場の動揺が引き起こされてしまう可能性は、決して低くないのではないか。

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