ヘッジファンドに敵対し暴走する米個人投資家
SNSで個人投資家が結託して株価を押し上げる
コロナ禍でも堅調を続けてきた米国株式市場の一部に、歪みが目立つようになってきた。米ゲーム販売店ゲームストップの株価は、年初から実に1,500%以上と急騰した。この企業は赤字であり、企業価値が一気に高まるイベントがあった訳ではない。
同社の株価を押し上げたのは、証券アプリ・ロビンフッドの利用者「ロビンフッター」に代表される、素人の個人投資家達だ。彼らの投資判断に大きな影響を与えているのが、SNSのレディット(Reddit)、その中の人気フォーラム(掲示板)「ウォールストリートベッツ(WallStreetBets)」である。
ただしそれは、個人投資家の間での投資に関わる情報の交換に使われているだけではない。ユーザーに特定の投資行動を呼びかけ、いわば個人投資家を結託させているのである。世論操作に利用されること等がSNSの問題点の一つであるが、SNSが金融市場と結びついた結果、相場操縦的な投資行動が引き起こされているのだ。
さらに、レディットを通じて個人投資家らが結託し、ヘッジファンドを攻撃する動きが強まっている。それが、ゲームストップの異常な株価急騰の背景にあるのだ。特定銘柄の空売りを公言するヘッジファンドを攻撃し、彼らに損失を出させるために、個人投資家らがレディットを通じてその銘柄の買い、オプション取引でのコールオプション(買う権利)の買い、を呼びかけるのである。
ヘッジファンド攻撃で世直しの意識か
ヘッジファンドのメルビン・キャピタルは、個人投資家との戦いに敗れ、ゲームストップの売り持ちの解消を余儀なくされた。いわゆる損切りのための手じまいである。その際に、数十億ドルの損失を被った。それ以外にも、メールプルーン・キャピタルなど、空売りで巨額の損失を出すヘッジファンドが増えている。
このように、個人投資家がヘッジファンド潰しに動く背景には、ウォールストリートで巨額の利益を上げる貧しい庶民の敵である機関投資家を叩く、という意識が強いのだろう。リーマン・ショック後に高まった銀行批判、「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」のデモ運動と共通する部分が感じられる。いわゆる世直し活動との意識が、個人投資家らにはある。
さらに個人投資家らは、敵対するヘッジファンドの経営者などのSNSのアカウントにハッカー攻撃を仕掛け、また経営者やその家族にも脅しめいたメッセージを送っている、とウォール・ストリート・ジャーナルは報じている。
SNSを活用することで、個人投資家らが団結し、個々では資金力で全く敵わないヘッジファンドなど機関投資家を打ち負かすのは、彼らにとっては痛快なゲームだろう。しかしその結果、株式市場は歪められ、非効率性が高まり、信頼性を失ってしまうのだ。
金融市場の信頼性を損ね混乱を増幅か
さらに、こうした行動は、金融市場の混乱を増幅することにもなるだろう。巨額の損失を出したメルビン・キャピタルは、ライバル企業等から27.5億ドルの資金支援を受けたという。
個人投資家らの結託によってヘッジファンドが大きな損失を出し、運用パフォーマンスが落ちれば、ヘッジファンドから資金が流出し、その資金を確保するために多くの金融資産の売却(流動化)に追い込まれる可能性がある。それは、金融市場を大きく混乱させ、その影響は個人投資家にも及ぶことだろう。実際、1月27日の欧米市場で株価が大きく下落した背景には、そうしたヘッジファンドの資産売却の観測があったようだ。
投資家が、ネット上で虚偽の情報を広げることで株価操作をする場合には、それは当局の取り締まりの対象となる。しかしこのケースでは、SNSへの投稿者は、誤った情報で他の投資家をだまそうとしているわけではなく、特定の銘柄への投資を呼びかけ、株価を押し上げようとしただけである。それが直接の取り締まりの対象となるかどうかは不明だ。
しかし、SNSと投資行動が結びつくことで、金融市場が歪められている現状は危険であり、看過できるものではない。今後、米金融当局は何らかの対策を打ち出すだろう。さらに、証券会社、SNS運営会社による自主的な規制などの対応も、求められるのではないか。
(参考資料)
"Short battle Retail traders force out fund&rdquo", Financial Times, January 28, 2021
"Melvin bows to onslaught by GameStop retail traders&rdquo", Financial Times, January 28, 2021
"The GameStop Short Squeeze Shows an Ugly Side of the Investing World&rdquo", Wall Street Journal, January 27, 2021