フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 『ドル化』と『人民元化』進展の可能性

『ドル化』と『人民元化』進展の可能性

2021/02/19

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

「ドル化」ならぬ「ユーロ化」を警戒するECB

欧州中央銀行(ECB)は、デジタル人民元や民間のデジタル通貨グローバル・ステーブル・コインがユーロ圏の経済・金融に様々な悪影響を及ぼすことを警戒するばかりでなく、将来ECB自身が中銀デジタル通貨デジタルユーロを発行する際に、それがユーロ圏に同様の問題を引き起こしてしまうリスクも意識している。

使い勝手の良いデジタルユーロを発行すれば、ユーロ域外でデジタルユーロへの需要が高まり、資金が一気に流出する、あるいは域内に一気に還流するようなことが起きやすくなる。これは為替市場の変動を高め、ユーロ圏経済に悪影響を与えるだろう。また、海外でデジタルユーロへの需要が高まる場合には、ECBのバランスシートが拡大することになる。負債側にデジタルユーロの残高が増加し、資産側には民間銀行への貸出や民間銀行から買入れた国債等の金融資産が積み上がることになるのである。

こうしたバランスシート拡大は、金融緩和効果を生むことになるが、ECBが金融緩和を望んでいない局面では、それはECBの金融政策運営を妨げることになる。

さらにECBが強く警戒しているのは、海外でデジタルユーロの保有が拡大することで、他国の経済、金融政策、金融制度に甚大な打撃を与える、いわば加害者になってしまうことだ。

デジタルユーロの海外での利用が広がる場合には、通貨価値が不安定で経済が脆弱な新興国では、その国の法定通貨をデジタルユーロがとって代わってしまう可能性がある。小口での支払いや貯蓄に自国通貨でなくユーロが使われ、またユーロの口座が作られることもある。それは、既に多くの国で起きている「ドル化(ダラライゼーション)」と同様に、「ユーロ化」と表現されるだろう。そうなれば、当事国での金融政策運営には深刻な支障が生じてしまう。

こうした事態を回避するためには、海外でのデジタルユーロの保有に制限を設けた上で、クロスボーダー取引を、複数の国が導入する中銀デジタル通貨制度の下での複数通貨取引で実現することの是非も検討すべきだ、とECBは2020年10月に公表したデジタルユーロの報告書「A digital euro」の中で述べている。

ドル化のメリットとデメリット

ここで、ドル化(ダラライゼーション)について、やや詳しく見ておこう。ドル化とは、米国以外の国で米ドルが自国の法定通貨と並存、または自国の法定通貨に替わって利用される状況のことをいう。

ドル化には、非公式的なドル化(unofficial dollarization)と公式的なドル化(official dollarization)の2種類がある。非公式的なドル化は、政府はドルを自国の法定通貨とは認めていないが、通貨の信認が低いなどの理由から、国民が勝手に貯蓄、投資、決済でドルを幅広く利用し始める現象だ。一方、公式的なドル化は、政府がドルを自国の法定通貨と公式に認めるものだ。

公式的なドル化のメリットは、信頼性の低い自国通貨の対外的な価値の下落が、輸入物価の急騰などの経済の混乱を引き起こすリスクから逃れることができることだ。また、自国通貨を支えるために、外貨準備を取り崩して為替介入を実施する必要もなくなり、十分な外貨準備を持たないことで通貨が急落する通貨危機が生じて、それが金融市場や経済を大きな混乱に陥れることもなくなる。

他方で、公式的なドル化を決めれば、金利の水準は米国金融市場の情勢で決まるようになり、自国の金融政策を失うことになる。また、米ドルを発行できるのは米国だけであることから、中央銀行が破綻リスクに直面した民間金融機関に対して、無制限に流動性(ドル)を供給して救済することができなくなる。これは中央銀行が、最後の貸し手機能(LLR機能)という重要な機能を喪失した状態である。

また非公式的なドル化の場合には、銀行から自国通貨の預金が引き出されてドルに換えられる結果、銀行経営が厳しくなり、金融システム不安が生じる可能性も出てくる。

米国は「ドル化」を望まない

米連邦準備制度理事会(FRB)が発行する現金(ドル)のうち、およそ半分は海外で流通している。その中には、ドル化した新興国での流通分もある。海外の国がその通貨をドルにペグ(連動)させる場合も同様だが、米国は海外でドルを多く保有されることを望んでいないだろう。

ドルにペグした国、あるいはドル化した国の金利水準はFRBの政策で決まるため、そうした国は米国の金融政策に注文を付けるようになる。特に、両国の経済関係が密接ではなく、米国の経済情勢とそれらの国の経済情勢が異なる場合には、米国の金融政策への不満が高まることになる。これは米国にとっては非常に煩わしいことだ。

さらに、ドルが大量に海外に流出することで、ドルの価値が下落し、国内物価の上昇が国民の生活を圧迫することを警戒する意見が、共和党議員を中心に米議会の中でも根強い。

また、公式的なドル化をした国が、必要なドルを調達するためにドル建てでの債務を増やし、それが返済できなくなる場合には、唯一ドルを生み出すことができる米国が、最後の出し手(LLR)としてそうした国に流動性を供給して救済しなくてはならなくなる可能性も出てくる。

このように、海外でのドルの流通拡大は、事実上の基軸通貨としてのドルの地位の証ではあるものの、実際には、米国にとって煩わしい問題でもある。仮に米国が中銀デジタル通貨を発行すれば、その使い勝手の良さから海外でのドル流通は加速的に拡大する可能性があるだろう。そして、ドル化していく国も増えるだろう。しかしそれは、米国が望むところではないのだ。米国が中銀デジタル通貨の発行に慎重である理由の一つは、この点にある。

中国は「人民元化」を期待するか

ところが、中銀デジタル通貨の発行を契機に、海外でドル化のようなことが進むことを暗に期待する国があるのではないか。それが中国である。

通貨の信頼性が低い新興国で、国民が使い勝手の良い外貨、デジタル人民元を手にすると、それを貯蓄、支払いなどに利用するようになり、非公式的な人民元化が進む。その結果、銀行から自国通貨の預金が引き出され、金融不安に発展する可能性もあるだろう。また、自国通貨安が進み、経済にも悪影響が及ぶ。自国通貨安はまた非公式的な人民元化を後押しする、という悪循環も生じるだろう。

その際に、密接な貿易関係にある中国の人民元に対する自国通貨の安定を図るために、人民元へのペグ制を導入する国が出てくるかもしれない。このようにして、人民元通貨圏はその勢力を拡大していく。さらに、公式的な人民元化を選択して、金融政策を中国に委ねる国も出てくるのではないか。

デジタル人民元の発行は、こうして新興国の経済・金融に混乱を生じさせつつ、人民元化の流れを作りだし、また人民元の国際化、人民元通貨圏の拡大を後押しする可能性がある。米国はこうした事態を望まないが、金融覇権、通貨覇権で米国に大きく後れを取っており、短期間でそうした状況を変えたいと考える中国は、そうした流れを受け入れ、また、意図的に進めていく可能性があるのではないか。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn