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中銀デジタル通貨と民間デジタル通貨の利便性向上に向けた取り組み

2021/02/22

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中銀デジタル通貨と金融包摂の観点

フェイスブックが2019年6月に新たなデジタル通貨・リブラ(現ディエム)の発行計画を発表した際に、その意義として強調したのが、多くの人が利便性の高い金融サービスを受けられるようにする金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の促進であった。

世界銀行の調査(2017年)によると、世界で17億人の成人が銀行口座を持っていない、いわゆるアンバンクト(unbanked)である。これは、世界の人口のおよそ4人に1人に相当する。

他方でフェイスブック関連のアプリの利用者は27億人で、世界の人口のおよそ3人に1人に相当する。銀行口座を持っていなくても、スマートフォンを持っている人は多いことから、フェイスブック関連のアプリ上でリブラを利用できれば、金融サービスを利用できるようになる人が一気に増えることが期待された。世界の金融当局からの強い批判を受けて、リブラ計画はその後修正を余儀なくされたが、金融包摂を促すという視点は正しかった。

新興国の中央銀行が中銀デジタル通貨の発行を検討する際に、その大きな狙いの一つに、この金融包摂の促進という観点がある。民間の銀行サービス、あるいはデジタル通貨では、金融包摂を十分に促進できていないため、より多くの人が利用できるように設計された中銀デジタル通貨の発行が検討されるのである(コラム「世界の中銀デジタル通貨(CBDC)の現状」、2021年2月4日)。

他方で先進国では、銀行口座を持っていない人は多くないため、アンバンクトの救済という観点から、中央銀行が中銀デジタル通貨の発行を検討することは多くないだろう。しかしながら、先進国でも同様に、国民のニーズに応えた利便性の高いサービスが民間によって十分に提供されていないことから、それを補完するために中銀デジタル通貨の発行が検討されている、という面はある。

中銀デジタル通貨は現金と同様の「ユニバーサルアクセス」を狙う

中国では、アリペイとウィーチャットペイがスマートフォン決済(QRコード決済)を二分しており、それを大多数の国民が利用している。利用者の利便性の観点からは、中国では中銀デジタル通貨を発行する必要はないが、人民元の国際化を進め、米国の金融覇権に挑戦することや、アリペイを提供するアント・グループなど金融プラットフォーマーの影響力を低下させる狙いで、中銀デジタル通貨を発行するとみられる。

他方、先進国では中国のように民間が提供するスマートフォン決済が、国民の間に広く浸透する状態には至っていない。日本では、スマートフォン決済サービス(QRコード、バーコード)の利用者が必ずしも多くない中、それを提供する多くの決済業者が乱立しているのが現状だ。

特定のサービスの利用者が増えると、それを導入する販売店が増え、その結果、どこでも広くスマートフォン決済が利用できるようになって利用者の利便性が高まる、といった好循環が生じてもおかしくない。いわゆる「ネットワーク効果」だ。

しかし実際には、日本はそうした状況には至ってない。日本銀行などが理想と考えるのは、スマートフォン決済などのデジタル通貨が、現在の現金と同様に、いつでも、どこでも、誰でも使える「ユニバーサルアクセス」を持つことだ。

そこで、民間のデジタル通貨、スマートフォン決済サービスを「補完」する観点から、中銀デジタル通貨を発行する是非が議論されている。補完とは、システム障害などで民間サービスに支障が生じる場合や、収益性の悪化で民間サービスが撤退するような場合でも、デジタル通貨を利用したいという国民のニーズを中銀デジタル通貨によって満たすことができる、ということを意味する。

さらに、民間の異なるスマートフォン決済サービスが連携し、相互運用性が確保されれば、どこの店でもスマートフォン決済サービスを利用できるという「ユニバーサルアクセス」に近付く。そのため、その媒介の役割を果たすように中銀デジタル通貨を設計することも検討されている。これも民間サービスの補完である。

将来の中銀デジタル通貨を受け入れる民間側からの受け皿の構築

ただし、民間の決済サービス業者同士が連携して相互運用性を確保し、それを通じてスマートフォン決済サービスの利用が国民の間に広まれば、中央銀行が中銀デジタル通貨を発行する必要性は、一定程度低下することになる。

実際、そうした議論は既に民間レベルでなされている。金融、流通、通信などの業界からの代表者で形成された「デジタル通貨勉強会」が、日本の決済インフラの将来像を議論し、昨年11月には「日本の決済インフラのイノベーションとデジタル通貨の可能性」と題する報告書を公表した。

そこでは、「二重構造」のデジタル通貨のスキームが提唱されている。それは、発行されるデジタル通貨すべてに共通する「共通領域」と、それぞれのビジネスニーズに応じたプログラムを書き込める領域の「付加領域」の2つからなる。「共通領域」では、他のデジタル通貨との交換ができ、また個人間送金のようなシンプルな決済ができる。ここは、それぞれのデジタル通貨が競争しない「非競争領域」であり、「協調」の場である。

他方、「付加領域」は事業者同士が独自のサービスの知恵を絞りながらプログラムを書き込んでいく「競争領域」となる。この「競争領域」で各事業者は利益を上げていくことを目指すのである。

「付加領域」を用いたサービスについては、例えば、小売業では、商品の納入とデジタル通貨による支払い決済を紐づけることで、事務の合理化・効率化が実現できる。また、金融資産の取り引きでも、個々の金融商品と対価の支払いを紐づけることで、効率化を高め、また決済不履行のリスクを減らして取引の安全性を高めることが可能となる。

このスキームは、民間レベルでの決済サービスの向上を狙ったものではあるが、「共通領域」には中銀デジタル通貨を組み入れることも視野に入れているのではないか。その意味では、将来、中銀デジタル通貨を受け入れる、民間側からの受け皿の構築、という意味合いもあるだろう。

いずれにせよ、中銀デジタル通貨は中央銀行独自のスキームとはならず、民間サービスとの協業、いわばハイブリッド型となる可能性が高い。

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