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日本でもワクチン接種証明の議論を

2021/03/02

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世界で広がるワクチン証明発行とその検討

新型コロナウイルスのワクチンの接種が世界的に進む中、各国でワクチン証明の発行を巡る議論が活発になってきた。ワクチン証明とは、ワクチンを接種したことを証明するものだが、それが国民の経済・社会活動の正常化を後押しするとの期待がある。また、ワクチン接種を促す効果も指摘されている。

人口の約50%が少なくとも1回目の接種を終えており、接種が最も進んでいるイスラエルでは、先週、接種者にホテル、ジム、レストラン、バーの利用や、コンサートに行くこと等を認めるワクチン証明、「グリーンパスポート」の発行が開始された。サウジアラビアは接種者に対し、アプリ経由でいわゆる「ワクチンパスポート」の発行を始めたほか、アイスランド政府は海外旅行を可能にするワクチンパスポートを配布している。デンマーク、スウェーデンでも、今夏までに証明書の運用開始を目指す方針だ。また英国は、7月末までにすべての成人の接種を済ませることを目指しているが、ジョンソン英首相は、証明書に関する検討を6月半ばまでに完了させる考えを示している。さらに、バイデン米大統領は先月、接種を示すデジタル証明書の構想が実行可能かどうか、政府機関に検討するよう命じる大統領令に署名している。

差別問題などワクチン証明発行の問題点も指摘

しかし、すべての国が、ワクチン証明の発行に前向きなわけではない。問題点も多く指摘されているのである。

主な懸念は第1に、差別につながるリスクがあることだ。欧州連合(EU)のミシェル大統領は、「ワクチン未接種者に対する差別を招く恐れがある」と懸念を表明している。また調査によって、マイノリティー(少数派)の人種はワクチン接種を敬遠する傾向があることが分かっており、ワクチン証明の発行が差別の助長につながる恐れがある。さらに、接種の優先順位の低い若者も、同様に不当な扱いを受けることになりかねない。

第2に、ワクチンの効果がまだ明らかでない中で、ワクチン証明を発行することがその効果について誤解を生じさせる可能性もある。ワクチン接種は、感染しても症状を軽くする効果が認められているが、感染自体をどの程度防止できるかはまだ明らかになっていない。そのため、ワクチン接種をした後にも感染して、他者を感染させるリスクは残る。ワクチンのウイルス変異株に対する効果も未だ明らかではない。

第3に、ほとんどの国で政府はワクチン接種を義務化していない。そうした中で、ワクチン接種者を優遇することは、政策としては整合的でないかもしれない。

第4に、ワクチン接種がかなり広がり、ウイルス感染が沈静化すれば、ワクチン証明は価値を失う。比較的短期間しか価値を持たないワクチン証明の制度を、コストをかけて政府が開発、導入するのが経済的に見合うのかどうか、という議論もある。

意見が割れるEUと否定的な日本

フォン・デア・ライエンEU委員長は2月25日に、域内でワクチン証明のシステムを構築する考えを明らかにした。証明書はデジタル化を想定し、接種したワクチンの種類やPCR検査の結果等のデータを盛り込んで、EU共通の仕様にする。ワクチン証明の開発には、技術面だけで少なくとも3か月かかる見通しだという。

しかしEU内では、ワクチン証明導入の賛否は分かれている。観光への依存度が高いギリシャ、オーストリアなどでは、証明書を「ワクチンパスポート」として入国制限の緩和などに結びつけ、観光業の再興につなげたい考えであるのに対して、フランス、ベルギー、オランダは懐疑的だ。マクロン仏大統領は、当面接種を受けられない若者を差別したくない、と述べている。EUの共通仕様でワクチン証明のシステムを作成しても、それをどのように利用するかは各国の判断に任されるのだろう。

日本政府も、現状ではワクチン証明には否定的だ。河野担当相は、「国内でワクチンを打った証明書を使うケースは想定できない。政府としてもそういうことをするつもりは現時点でない」、「(ワクチン証明を)持っていなければ何かができない、という制度をつくることに意味はない」、「ワクチンを打たなければ何かができなくなるという制度設計に国際的になるとは思っていない」と語っている。

国民のニーズは高まる可能性

ワクチン証明には、既に述べたような問題点がある。しかし、現在でも、他者に感染させるリスクが低いことを示すために、PCR検査の陰性証明へのニーズはかなりある。年末、年始には、多くの人がPCR検査の陰性証明を持って帰省したはずだ。同様に、ワクチン証明に対するニーズは、国民の間で今後強まっていく可能性は高いだろう。ワクチン証明がない人の行動を制限することは差別につながるが、ワクチン証明を欲する国民のニーズには政府は応えるべきではないか。

また、今後、ワクチン証明を入国の条件とすること、いわばワクチンパスポート制度が世界標準になっていく可能性も否定できないところだ。議長国の英国のジョンソン首相は、ワクチン接種証明書制度の構築を、G7に呼びかける考えを示している。

正式に導入するかどうかは別としても、ワクチン証明の論点整理や発行の是非の検討は日本でも早期に進めるべきであり、また導入する際の具体的なスキームについても議論しておくべきだろう。そうでなければ、新型コロナウイスルへの対応、ワクチン接種で他国に後れを取ったとされる日本が、ワクチン証明でもまた遅れてしまう可能性がある。それは、経済・社会活動の正常化の遅れにもつながるだろう。日本では、マイナンバー制度を活用して、未だ取得率が26%程度にとどまるマイナンバーカードの普及促進に役立てることも、一案かもしれない。

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