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世界で広がるワクチンパスポートの検討とその課題

2021/03/23

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ワクチンパスポートに運用面での多くの課題

昨年末から一部の国でワクチン接種が始まり、その後着実に広がりを見せてきている。この点から、新型コロナウイルス問題は新たな局面を迎えていると言えるだろう。

人々の行動の規制緩和と経済活動の正常化を狙って、新型コロナウイルスのワクチンを接種したことを証明する「ワクチン証明」あるいは「ワクチンパスポート」導入の検討が、各国で進められている(コラム、「日本でもワクチン接種証明の議論を」、2021年3月2日)。

「ワクチンパスポート」で先行しているのがEU(欧州連合)だ。欧州委員会は3月17日に、これに関連する法案を発表した。欧州議会での審議を経て、夏前までに成立させる構えだ。正式には、「デジタルグリーンパス」と呼ばれる。

「ワクチンパスポート」制度を強く望んでいるのは、観光業がGDPの2割を占める観光立国のギリシャやスペインなどだ。夏のバカンスシーズンまでに同制度を発効させて、海外からの観光客の受け入れの拡大を狙っている。「ワクチンパスポート」を提示すれば、EU域内での国境を超えた移動が自由となり、また、隔離措置などが免除されるといった運用が想定されている。しかし、それ以外にどのように利用するのかについては、加盟国の判断に任されそうだ。

例えば、ワクチン接種が最も進んでいるイスラエルでは、ワクチン接種の証明が、飲食店、ジムなどの利用の条件とされている。しかし、EU内ではフランスを中心に、「ワクチンパスポート」を国内での規制措置の適用が免除される条件とすることに、慎重な意見が根強い。マクロン大統領は、そうした運用が、ワクチン接種の優先順位が低い若者への差別に繋がる点を問題視している。それ以外にも、国民にワクチン接種を強制するような圧力となる、という問題点もある。

ワクチンパスポートは規制の程度を緩める条件に

ワクチン接種がなされていない人には、接種の順番がまだ回ってきていない人、妊娠やアレルギーなどにより接種を控える必要がある人、ワクチン接種を望まない人、といったケースがある。そうした人の大きな不利益になる、あるいは差別につながるような「ワクチンパスポート」の運用は控えるべきだろう。

ところで、ワクチン接種は、新型コロナウイルスに感染しても重症化する可能性を低下させるという効果については広く確認されている。しかし、感染そのものを防ぐ効果や他人への感染リスクを低下させる効果については、なお不確実である。それらについては、各国でワクチン接種が拡大していく中で、今後次第に確認されていくのだろう。

従って現時点では、ワクチン接種を理由に自由な行動を認めることは誤りだ。接種者も引き続き感染対策を続ける必要がある。この点から、「ワクチンパスポート」の運用についても、行動の自由を認める特権とすべきではなく、規制を一定程度緩める条件とすべきではないか。

ワクチンパスポートで世界標準を狙う中国

国境を越えて「ワクチンパスポート」を利用する場合に、今後大きな問題となるのが、接種したワクチンの種類である。各国によって承認しているワクチンの種類は異なる。この問題がある限り、共通の「ワクチンパスポート」が世界で広く使われることにはならないだろう。

この問題を改めて浮かび上がらせているのが、3月8日の中国の「ワクチンパスポート」、「国際旅行健康証明書」導入である。この証明書を提示すれば海外入出国過程で隔離が免除されるとされる。

これが有効なのは、中国のワクチンを接種した場合に限られる。しかし、西側諸国で中国製ワクチンを承認している国は、今のところほとんどない。中国はこの中国版「ワクチンパスポート」を通じて、他国とワクチンの相互承認を追求することに関心がある、と説明している。つまり、お互いの国で承認されたワクチンの接種を入国の条件、隔離免除の条件とすることなどを念頭に置いているのだろう。

中国はこの「ワクチンパスポート」導入を通じて、国境を越えた人の移動等に関して、世界標準作りをリードすることを狙っているとみられる。

日本ではワクチン接種証明のニーズに応える必要

日本は、「ワクチンパスポート」、「ワクチン接種証明」の発行について、慎重なスタンスを続けている。河野ワクチン接種担当大臣は当初、「ワクチンパスポート」、「ワクチン証明」は全く有効でなく意味がないとして、国内で導入する考えを強く否定していた。しかし、EUで「ワクチンパスポート」導入の動きが固まり、将来的に「ワクチンパスポート」の携帯が海外渡航者に必要となる可能性が出てきたことを受けて、海外で活用が進めば日本も検討していくという考えを3月16日に示した。しかし、既に見てきた様々な問題点を踏まえて、「国内で接種証明書を使うことは考えていない」としている。

確かに、「ワクチンパスポート」さえ持っていれば、多くの場所にフリーパスで入れるような状況を作り出すことは問題だ。差別問題を生じさせることや、ワクチンの他者への感染抑制効果に対する不確実性があるためだ。

しかし、帰省前にPCR検査の陰性証明を求める人が多いことと同様に、一般の人へのワクチン接種が進んでいけば、ワクチン接種の証明に対するニーズが高まるだろう。それに備えて政府は、ワクチン接種の情報をPCR検査の陰性証明等の情報と合わせてリアルタイムで管理し、スマートフォンや紙ベースで人々が携帯し必要に応じて示すことができように、制度の準備をしておくことは必要だ。

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