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人権問題を巡る中国包囲網で欧米と日本に温度差

2021/03/25

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人権問題で中国に足並みを揃えて圧力

ウイグル人権問題を巡って、中国と欧米など先進国との対立が一気に緊迫の度を増してきた。

米国政府は3月22日に、中国新疆ウイグル自治区の少数民族に対する人権弾圧に関わったとして、同自治区の高官ら2名を制裁対象とした。彼らの米国内での資産を凍結するとともに、米国人との取引を禁じたのである。

さらに、欧州連合(EU)、英国、カナダも対中制裁措置を同日に発表した。EUが制裁対象としたのは、自治区の副主席で公安トップの陳明国氏ら4人と1団体だ。EUへの渡航禁止や資産凍結が科される。

同盟国の結束を重視する米バイデン政権は各国に呼び掛け、人権問題で中国に足並みを揃えて圧力をかけることに成功した形だ。加えて、米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国の外相は同日に、「我々は一致して、少数民族に対する弾圧をやめ、拘束された人々を解放するよう求める」とする共同声明を発表し、国連などによる独立した調査を受け入れるよう中国に要求した。EUと英国が、人権に関する制裁を中国に科すのは1989年の天安門事件以来、30年ぶりのことである。

1955年に成立した新疆ウイグル自治区は、イスラム教徒の少数民族であるトルコ系ウイグル族が多く居住している。ウイグル族の独立運動を抑え込むため、中国政府は人権弾圧を行なっていると先進諸国は批判をしてきた。これが、ウイグル人権問題である。中国政府はそれを否定している。

中国は米国と距離を置く国々との結束強化に動く

他方で国の王毅外相は翌23日に、中国南部の広西チワン族自治区でロシアのラブロフ外相と会談した。両国は、「各国は人権問題の政治化に反対すべきだ」、「人権問題に名を借りて他国の内政に干渉するのをやめるべきだ」とする共同声明を公表し、新疆ウイグル自治区を巡る米国や欧州の対中制裁措置を強くけん制した。

バイデン政権は欧州、日本など同盟国と連携して中国に圧力をかける戦略であるが、これに対して中国は、米国と距離を置く関係国との連携を深め、中国包囲網への対抗を進めている。王毅外相は3月24日から30日まで、トルコ、イラン、バーレーンなど中東6カ国を訪問し、各国との結束強化に動く。米中の対立の構図は、米国を中核とする先進国と中国を中核とする新興国との対立の構図へと転じてきている。

日本は制裁措置に踏み切らず

そうしたなかで注目されているのが、日本の対応である。日本はウイグル人権問題を理由にする今回の対中制裁措置には加わっていない。米国からは足並みを揃えた行動を求められたであろうが、日本がそれに応じなかった。これに対して米国は、現状では「日本の判断」とそれを容認する姿勢を見せている。

日本政府は、この先、ウイグル人権問題で対中制裁措置を実施するかどうかについても、態度を明らかにしていない。加藤官房長官は23日の記者会見で、「人権問題のみを直接あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない」と指摘している。法制度が対中制裁の制約要因になっている、との説明だ。制裁措置を打ち出す場合には、外国人に資産凍結などの経済制裁を科す外為法に基づくことが想定される。ただし、同法は制裁の要件として、「国際平和のための国際的な努力に寄与する」、「わが国の平和および安全の維持」などと規定しているだけで、人権弾圧を理由には発動できない、というのが政府の説明だ。また従来、日本が海外の当局者らに制裁を科す場合は、国連安全保障理事会の決議を根拠にすることが一般的だった。

しかし、対中制裁措置に日本が加わらなかったのは、こうした法制度面での問題だけによるものではないだろう。実際、制裁措置ではなく、上記の5カ国外相による共同声明にも加わらなかったのである。

中国人権問題で態度の明確化を迫られる日本

対中関係を悪化させ、それが両国の経済関係に悪影響を与えることを懸念した面が日本政府にあったのではないか。先日の日米共同声明で、中国を名指しで批判したことが中国からの強い反発を招き、日本は米国の「戦略的属国」との異例の表現で中国からの強い批判を受けたことから、これ以上の関係悪化を避けたい、という思いもあったのではないか。

さらに、日本にとっては、中国の海洋進出が最大の懸念なのであり、人権問題はそこまでの優先課題ではないのではないか。また、ウイグル人弾圧問題についても、その事実関係はまだ必ずしも明確でないことから、現時点では慎重な対応をしておきたい、という日本政府の考えもあるのかもしれない。

さらに、米国及び同盟国側の価値観を無理やり押し付けるやり方にも、日本政府は問題と感じている可能性もあるだろう。茂木敏充外相は23日の参院外交防衛委員会で「『この価値観に従え』ということよりも、いかに皆が共有できる価値観をつくっていくかが重要だ」と指摘した。米国などはこうした姿勢を弱腰、と捉えるかもしれないが、この外相の意見は非常に正しいと思われる。

このように、欧米諸国による対中制裁での協調行動に日本が加わらなかったことには、一定の合理性があるように思われる。しかしながら、アジア地域の安全保障面では米国と協調して中国に強硬姿勢を見せる一方、欧州諸国も強い関心を持つ人権問題では、他の同盟国との協調行動を控える、という日本のスタンスを、バイデン政権がいつまでも許すかどうかは不透明だ。

4月に予定される日米首脳会談では、中国の人権問題でも協調するように、菅首相はバイデン大統領から求められる可能性もあるだろう。日本が、経済的な損失などを覚悟した上で、中国の人権問題にも同盟国と協調して強い姿勢で対応するかどうかの決断を迫られる時期は、比較的早い時期に訪れる可能性もあるだろう。

(参考資料)
“U.S. and Its Allies Sanction China Over Treatment of Uyghurs in a Collective Action”, Wall Street Journal, March 23, 2021
“EU to Sanction Chinese Officials Over Human-Rights Violations”, Wall Street Journal, March 12, 2021
「米欧と中国、制裁の応酬 ウイグル問題が通商波及も」、2021年3月24日、日本経済新聞電子版
「人権問題の政治化反対 中ロ外相、米欧をけん制」、2021年3月23日、日本経済新聞電子版

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