フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 バイデン政権巨額インフラ投資計画の意義と課題

バイデン政権巨額インフラ投資計画の意義と課題

2021/04/02

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

環境関連だけではなかった総額2兆3,000億ドルのインフラ投資計画

バイデン米大統領は3月31日にペンシルベニア州ピッツバーグで演説し、8年間で総額2兆3,000億ドル程度とされる巨額インフラ投資計画を中核とする経済対策の概要を説明した。これには、「米国雇用計画(American Jobs Plan)」という名称がつけられている。

先月1.9兆ドルのコロナ経済対策が議会で成立したばかりであるが、今回のインフラ投資計画は、いわばポストコロナの経済対策であり、経済構造の転換を促すより長期の視点に基づく施策だ。他方で、このインフラ投資計画を賄う財源として、トランプ前政権が大幅に引き下げた法人税率の引き上げなどが盛り込まれている。

環境対策を中心とするインフラ投資計画は、大統領選挙の公約でもあり、今回の計画はその公約を果たすものである。詳細は(図表)に譲りたいが、事前の予想と比べて予想外であった点も幾つかあることに留意したい。

第1に、地球温暖化、カーボンニュートラル達成のためのインフラ投資が中心と考えられていたが、実際には、例えば老朽化した交通インフラの近代化に6,210億ドルと、全体の27%程度が投入される(交通インフラの近代化の中に、地球温暖化対策も含まれているが)など、思ったほどには地球温暖化の比重は大きくなかった、との印象である。地球温暖化関連の支出の総額は、6,280億ドル規模だという。

より積極的な地球温暖化対策を望む民主党の急進左派からは、地球温暖化対策の予算上積みを求める意見が強まる可能性があるだろう。ちなみに、選挙公約では4年間で2兆ドルのインフラ投資計画とされていたが、実際には8年間で約2.3兆ドルの計画が示されており、当初計画よりも1年ごとの支出規模は減額されている。これは、バイデン政権が財源の問題に配慮した結果であるかもしれない。

また、4年間の計画を8年間に延長した背景には、民主党政権が8年続く、あるいはバイデン大統領が再任される可能性をアピールする狙いもあるのかもしれない。

中国への対抗を意識して市場主義を修正か

第2に予想外であり、また重要であるのは、中国への対抗を強く意識した計画となった点だ。バイデン大統領は、「来たる中国との競争に勝利する態勢を築く」と述べている。それは、半導体生産の補助金などに500億ドル、量子コンピューターやバイオ技術などの研究開発に1,800億ドルも投じる点などに表れている。

米国は、政府が民間の経済活動にできるだけ介入しないのが良い、という伝統がある。しかし、今回のインフラ投資計画では、中国に対抗するために、米国政府がそうした伝統を覆して、経済・企業の競争力強化に本格的に動き出したようにも見える。そうであるとすれば、画期的なことではないか。

今回のインフラ投資計画は、中国が製造業の強国を目指して半導体の内製化などを進める「中国製造2025」の米国版と言えるかもしれない。トランプ前政権は、5G等の分野で米国が中国に対して劣位になることを怖れて、ファーウェイなどの中国企業に制裁を科した側面もあったように思われる。それに対して、バイデン政権が、米国企業に対する政府の支援をより強めることで、中国に対抗することを目指すのであれば、それは正しい選択と言えるだろう。

そうした中、市場主義と言われる米国の経済政策も、国家資本主義と呼ばれる中国の国家主導色の強い経済政策に一歩接近することになる。

財源はしっかりと確保されていない

第3に、インフラ投資は法人税率の引き上げなどの増税策によって財源を賄う計画と説明されてきたが、実際にはそうではないことが明らかになった。バイデン政権は財源として、連邦法人税率を現行の21%から28%に引き上げ、また、多国籍企業の海外収益に21%を課税する方針である。

ところが、8年間の歳出増加分と等しい増収を得るには、こうした増税措置を15年間続ける必要があるという。向こう8年間のインフラ投資は、財政に中立とはならず、財政を悪化させるのである。共和党政権が成立すれば、再び法人税率を引き下げる可能性も十分に考えられるところだ。こうした点から、このインフラ投資計画は財源がしっかりと確保された状態とは言えない。

8年間で総額2兆3,000億ドルのインフラ投資計画が2022年から始められ、8年間で等しく支出されると仮定しよう。その場合、1年間の支出額は2,875億ドルとなる。これは名目GDPの1.37%に相当する。インフラ投資は付加価値の押し上げに直接寄与する部分が大きいことから、仮にその8割がGDPを押し上げると仮定すると、2022年のGDPは1.1%押し上げられる計算となる。

他方、増税措置による1年間の増収効果は単純計算で1,533億ドル程度となる。増税措置のうち3分の1程度は投資削減ではなく企業の貯蓄減少、つまり収益の悪化で吸収されると仮定した場合、増税措置によって2022年のGDPは0.2%程度減少する計算となる。こうしたインフラ投資のプラス効果と増税のマイナス効果を相殺すると、2022年のGDPは大まかな計算で0.9%程度押し上げられる。

歳出拡大と増税のパッケージであるこの経済対策は、2022年のGDPを相当規模押し上げることが見込まれる。それゆえ、市場の景況感の改善を後押しすることになるだろう。

金融市場への配慮は欠かせない

しかし、財源確保がしっかりとなされていないことは、財政環境が一段と悪化することを意味する。これが長期金利の一段の上昇を招けば、株価の調整などを伴って経済に悪影響を与える可能性もあるだろう。経済の安定的な成長には、金融市場の安定が必要条件である。バイデン政権は、金融市場の安定にもっと配慮した形で、経済政策を立案、執行する必要があるのではないか(コラム、「金融市場が消化不良を起こしかねないバイデン政権下での大きな政府の流れ」、2021年3月30日)。

このように、バイデン政権が打ち出したインフラ投資計画には、評価できる面と評価できない面とが混在している。今回のポストコロナの経済対策は、いわば第1弾であり、医療改革、育児支援、貧困対策などを柱とする第2弾の経済対策計画が今月中にも公表される。それは富裕者増税などで賄われるとみられる。対策規模は合計で4兆ドル程度にまで膨れ上がる可能性がある。金融市場への影響はより注視すべきだ。

ただし、共和党は増税策には強く反対しよう。また民主党の急進左派も、このバイデン政権の経済対策には増額方向で修正を求める可能性がある。最終的にどの程度修正された形で、この対策が議会で可決されるかはまだ見えてこない。今後の議会審議を受けて、金融市場の期待は景況感の改善と財政悪化の弊害との間で大きく揺れ動くことになるかもしれない。

(図表)バイデン政権のインフラ投資(アメリカ雇用計画)と増税策

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn