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日米首脳会談・共同声明と懸念される今後の日中経済関係

2021/04/19

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日米間では対中政策で温度差も

4月16日(現地時間)にバイデン米大統領と菅首相が首脳会談に臨み、その後、共同声明が発表された。

バイデン政権は、中国への対抗を強く意識し、安全保障、経済、地球温暖化対策など幅広い分野で同盟国が一枚岩となって結束し、中国包囲網を形成することを目指している。

これに対して日本政府は、尖閣諸島問題を中心に安全保障面での日米の強い結束に期待する一方、経済面では日中間の関係悪化を避けたいと考え、そのため中国を過度に刺激したくないのが本音だ。日米首脳会談と共同声明は、表面的には両国の強い協力関係を確認するものであったが、日本政府の思惑の差も見え隠れしているのである。これは、民主主義、人権など普遍の価値を同盟国が共有するという「理念」を重視する米国と、自国の安全など「実利」を重視する日本との間での温度差、とも言えるだろう。

沖縄県・尖閣諸島への日米安全保障条約第5条の適用を改めて確認する、というのが日本側にとって最大の関心事であり、この目的は達成されている。他方、首脳会談の直前ににわかに注目を集めたのは、「台湾海峡問題で中国をけん制する文言を共同声明に盛り込むことを米国側が望んでいる」との報道だった。これが日中関係の悪化を助長し、両国の経済関係に悪影響が及ぶとの懸念から、金融市場では円高・ドル安が進んでいた。

台湾・人権問題では2+2よりも踏み込んだ表現に

3月16日に東京で開かれた日米安全保障協議委員会(2+2)の共同声明には、「閣僚は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した」との文言が盛り込まれていた。

一方、今回の日米首脳会談の共同声明では、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」としており、一歩踏み込んだ表現となっている。これは、米国側の要請を日本側が受け入れたものだろう。

過去に日米首脳会談の共同声明に台湾情勢が盛り込まれたのは、1969年の佐藤栄作首相とニクソン大統領のみであり、今回の事態は異例なことと言える。

また、中国の人権問題については、「香港および新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有。中国との率直な対話の重要性を認識するとともに直接懸念を伝達していく意図を改めて表明」とされた。日米安全保障協議委員会(2+2)の共同声明の「香港及び新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有した」と比べて、やはり一歩踏み込んだ表現となっている。

中国側の日本への反発は避けられない

注目されるのは、日米首脳会談の共同声明を受けた中国側の対応である。日米安全保障協議委員会(2+2)の共同声明では、中国を名指して、「中国による、既存の国際秩序と合致しない行動は、日米同盟及び国際社会に対する政治的、経済的、軍事的及び技術的な課題を提起していることを認識」、「日米は、現状変更を試みる、あるいは、尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとする、いかなる一方的な行動にも引き続き反対」、「香港及び新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有」などと強くけん制した。

これに対して中国は、日本を米国の「戦略的従属国」と強く批判していた。先日の汚染水の海洋放出に対する中国側の強い批判を見ても、日中関係が急速に冷え込んできていることは明らかだ。

今回の日米首脳会談の共同声明に対しても、中国は敏感に反応している。在米国中国大使館の報道官は17日に、日米の共同声明に対して「強く不満を表明し、断固として反対する」とのコメントを発表し、中国外務省の報道官は台湾問題を明記したこの日米共同声明について、日米に「内政干渉の即時停止」を求めるとともに、対抗措置を講じる考えを示唆したのである。

日中経済関係悪化が日本経済、金融市場のリスクに

経済及び金融市場の観点からは、こうした中国の反発が、日中間の経済関係に悪影響を与えるかどうかが大いに注目されるところだ(コラム「日米首脳会談の注目は日中経済関係への悪影響」、2021年4月14日)。

関係が悪化した豪州に対して、中国は昨年11月に、石炭、大麦、銅、砂糖、木材、ワイン、ロブスター、石炭、木材など幅広い品目で、輸入の差し止めを実施している。日本に対しても、同様に輸入規制を講じる可能性はあるだろう。

また中国は昨年12月に、ハイテク関連製品の輸出規制法を施行した。これは、米国が中国企業に対して打ち出した禁輸措置に対抗したものだが、それを対日輸出製品に適用する可能性もあるのではないか。それは、中国で生産し日本に逆輸入する日本企業にとっても脅威だ。世界的に供給不足が深刻な半導体のメーカーは、そうしたリスクを既に警戒している。

さらに日本は、電気自動車や家電などの生産に欠かせない希少な資源、レアアースのおよそ6割を中国からの輸入に依存している。これが中国の輸出規制の対象となれば、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の生産に大きな打撃となる。EVなど向けの永久磁石モーター、リチウムイオン電池、LEDやレーザーなどの発光材料、水素吸蔵合金、研磨剤、MRI造影剤、医薬品やゴムの合成触媒など、ハイテク製品の製造にはレアアースが欠かせない。その調達に支障が生じれば、自動車、ハイテク分野を中心に、日本企業の生産活動にも悪影響は避けられない。2010年にも、中国は日本に対してレアアースの輸出規制の措置をとったことがある。

日中経済関係の悪化を懸念して、今週の日本市場では円高がもう一段進む可能性があり、それが株式市場にも悪影響を与えよう。さらに、対中ビジネスの比率が高い企業の株価にも、悪影響が及ぶだろう。

地球温暖化対策で日本はより積極対応を求められる

首脳会談では、地球温暖化対策でも両国の協調が確認された。ただし、バイデン政権は、中国により積極的な対応を促す観点からも、欧米に比べて遅れているこの分野での日本の対応をより積極化することを強く要請しているとみられる。

菅首相は首脳会談後に、4月22日にバイデン政権が主催する気候変動サミットまでに、2030年の温室効果ガス削減目標を示す考えを述べている。2030年度に2013年度比26%減である削減目標を、環境省の案に沿って45%程度まで引き上げることを菅政権は当初検討していたとみられる。

しかし、欧米諸国は50%までの目標引き上げを日本に要求している模様だ(コラム「日米首脳会談で試される日本の地球温暖化対策の本気度」、2021年4月15日)。政府はさらなる目標の引き上げを余儀なくされるのではないか。地球温暖化対策をより積極化することは、日米同盟関係を堅持し中国の軍事的脅威に対抗するために、日本にとっては米国側から課された課題、条件の一つとなってきた感がある。

日本政府は、中国の海洋進出など安全保障面においては、バイデン政権が同盟国と連携して中国に対して強い姿勢で臨むことは大いに歓迎する一方、人権問題などその他の分野では、日中の経済関係に配慮して、中国を過度には刺激したくないとの考えがある。日米共同声明では、両国が表面的には足並みを揃えているが、実際には両国の政策の優先順位には温度差がある。

中国に対して、安全保障の分野のみならず人権問題や経済分野でも強硬姿勢をとるよう、バイデン政権から日本に対する要求は今後も続くだろう。日本は、米国との良好な関係を維持しつつも、中国との経済関係の悪化を最小限に食い止めるよう、両にらみの慎重な対応を余儀なくされることになるだろう。

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