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ドル下落で金融機関が失うもの

2021/04/20

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ドルの3割下落で世界GDPの11%のドル資産が米国外で消える

デジタル人民元の発行による将来のドルの影響力低下の観測や、双子の赤字の再燃によって、ドルの下落のポテンシャルは高まっている可能性がある。1931年のポンド危機の経験や、1980年代以降のドル高局面後のドル下落のポテンシャルを踏まえて考えた場合、ドルが大きく下落する際の幅としては、少なくとも20%~30%程度は想定しておく必要があるのではないか(コラム「歴史に学ぶドル下落のポテンシャル」、2021年4月9日)。

ドルは、事実上の基軸通貨であり、貿易財の契約・決済通貨として世界で幅広く利用されている。そのためドルの価値が下落すると、ドル建ての輸入財の価格は、輸入国の通貨で計ると上昇する。エネルギー関連、原材料の多くを輸入に頼る日本などでは、それは企業の生産コスト上昇や家計の生活費上昇をもたらし、経済活動に悪影響を及ぼす(コラム「ドル暴落がもたらすもの」、2021年4月13日)。それでは、金融面への影響はどうだろうか。

米国は世界最大の対外純債務国だ。米商務省によると、2020年9月末で米国の対外債権残高は29兆4,083億ドル、対外債務残高は43兆3,585億ドル、両者の差である対外純債務残高は13兆9,502億ドルである。これは米国のGDP(2020年7-9月期で年率21兆1,703億ドル)の63.3%に相当する。米国の国民が、海外から一人当たり4.2万ドル(約440万円)程度、賃金に換算して2.2年分のネットの借金をしている計算となる。

一般に、物価上昇率が予想外に高まるインフレ的な局面では、債務者が有利となる。債務は一定額の返済を約束するものが多いため、物価上昇率が高まって名目所得が増えても、債務の返済額は変わらないことから、実質的な債務負担は軽減されるのである。一方、債権者にとっては実質的な債権額が目減りしてしまうことになる。逆に物価上昇率が予想外に低下するデフレ的な局面では、債務者が不利となる。

ドル安は一種のインフレであることから、米国以外の純債権者にとっては実質的な債権額が目減りする。米国以外の国は、米国に対して概ね債務を上回る債権を持っている。それらはほぼドル建てだ。ドル安となって自国通貨で計算した米国向け債権と債務が同じ割合減少した場合、債権の規模は債務の規模を上回るため、純債権額は減少してしまう。これが、金融機関の財務を悪化させ、経済にも悪影響を与えることになる。

海外が米国に対する債権43兆3,585億ドルと債務29兆4,083億がドル安によって共に同じ割合減少する場合、例えば30%減少する場合に、純債権は9.77兆ドル分減少する。これはI国際通貨基金(IMF)が推計する世界のGDP(2020年)の11.2%にも達するのである。米国以外では、ドル安によって非常に大きな富が消失してしまうことになる。

日本の金融機関はドル安による評価損の影響を受けやすい

日本の金融機関は巨額のドル金融資産を保有していることから、ドル安による評価損の影響を特に受けやすい。大手の銀行は調達したドル資金でドル資産への投資を行う傾向が強いため、ドル資産額とドル負債額の乖離は比較的小さく、そのためドル安となっても双方の変化が打ち消し合い、財務への打撃は大きくないだろう。しかし、中堅・中小銀行や外国銀行の日本子会社などを含めた場合には、両者の乖離は相応規模に達しており、ドル安によって生じる評価損は大きいのである。

財務省の統計(通貨別債権残高、負債残高統計、2019年末)によると、日本の銀行(預金取扱機関)のドル建て対外資産額は110.3兆円、ドル建て対外負債額は92.8兆円だ。仮に30%の円高ドル安となれば、12.3兆円の損失が生じる計算となる(為替リスクヘッジなどを考慮しない)。

一方、生命保険会社など、銀行以外の金融機関では、ドル建ての対外資産規模と対外負債規模との乖離がより大きくなる。ドルで資金を調達してドル資産に投資をするのではなく、円資産をドルに換えてドル資産に投資する「円投」が、生命保険会社などでは一般的であるためだ。

銀行以外の金融機関では、ドル建ての対外資産規模が96.2兆円であるのに対してドル建ての対外負債規模は17.2兆円と、前者が後者の6倍近くもあり、財務環境はより為替リスクにさらされている。生命保険会社の場合には、一定比率で為替ヘッジをしているものの、為替変動は非常に大きなリスクなのである。

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